「──ッ、和音! 大丈夫か!?」

 私を覆い隠す様に包むのは、黒い大きな翼。八咫烏の姿をした志成様だった。

「志成様……!」

 突然街中に鷹と八咫烏が現れては、周囲が混乱するのは当然だった。どちらも四大名家に繋がる鳥……往来を行き交う人々が、ザワザワと騒ぎ始める。

「和音姉様を返せ!」
「返す? 和音は正式に祝言を挙げて暁烏に迎え入れた、愛する妻。公衆の面前で姉の帯を解いてしまうような乱暴な弟に、大切な妻を渡せと? 論外だな。鷹宮は一体どのような教育を施しているんだ」

 周囲から正行に注がれる視線が一気に冷たくなる。その足には私の帯が掴まれているがゆえ……状況的に言い訳はし辛いだろう。

「正行の馬鹿……こちらが不利よ、出直しましょう」
「和音姉様! 子供の頃、毎日声が掠れるまで僕に童謡を歌ってくれたよね? そんな姉様が大好きで、今でも愛してる。だからこの羽織をくれた時に、姉様はずっと僕が守るからって、約束したよね!?」

 茜に嗜められても正行は諦めない。その姿を鷹から人間に戻し私の帯を抱きしめて叫び訴える。
 志成様は大きくため息をついてその姿を八咫烏から人間に戻した。

「和音が関与すると正行が面倒になるのは身を持って知っていたが、目の前にするとこれ程か。一体どんな教育をしているんだ、鷹宮は……」
「……申し訳ございません」
「いや、和音が謝ることでは──」
「やだ、格好良い。こんなに格好良い人だったの!?」

 ……弾んだ茜の声が聞こえてきて、もう私は頭を抱えうずくまりたいような気持ちになってきた。

「和音姉様ずるいわ、そんな整った容姿の人と夫婦になっただなんて!」

 そして茜はそのままこちらに駆け寄って来て、私を抱きしめたままの志成様の腕に縋りついた。

「志成様、和音姉様がどうしてもと言うので譲りましたが、本来は私を花嫁に迎えたかったのですよね? だって和音姉様相手では、お子も期待できないし、話し相手にすらならないでしょう。今からでも離縁して、私を迎えてくださいませ。だって帝には他にも側室候補が沢山いますから!」

 志成様が私を捨てて茜を選んだらどうしようか。一瞬そんな不安に襲われたが、志成様は完全に冷えた軽蔑するような視線を茜に送る。

「仮にも側室候補がこの程度か。恐らく一生『候補』のままだろう。少しは和音の謙虚さを見習うと良い」
「な……!」
「離してくれ。俺は和音を望んで番にした。他の女に興味はない。虫唾が走る」

 志成様は茜の手を振り払って、自らの羽織を脱いだ。そしてその羽織を私の肩からかけて、着付けの乱れを隠してくれる。

「許せない……帝なんて四十手前のおじさんなのに、姉様ばっかり良い思いして! 手酷く捨てられてしまえばいいのに!」
「茜、街中で帝の批判は不味いよ」
「正行煩い! さっきまであんたが騒いでいたのだから、今度は私に騒がせなさいよ!!」

 ギャアギャアと言い合いを始めてしまう双子。お願いだからこれ以上鷹宮の醜聞を広めないで欲しい。私のそんな切実な思いは二人には伝わらないが、志成様には通じたらしい。

「……和音はコレに囲まれて、大変だっただろう。むしろ病で一人寝込んでいた方が楽だったのではないか?」
「そうですね……そうかもしれません」

 私は初めて、自分に呪詛が掛けられていた事に感謝した。