「和音姉様じゃないか! 茜、どうして僕にすぐ伝えに来てくれないんだ!」
「あんたに言うと姉様姉様って馬鹿みたいに煩いからよ、正行」
私と茜の間に割って入るようにして乱入してきたのは……私が志成様の元へ嫁ぐきっかけともなった、弟の正行。今日は仕事が非番だったのだろうか? 軍服ではなく、渋い緑色の着物と濃い灰色の羽織を纏っている。……その羽織は、正行が軍に入った時にお祝いとしてどうしても欲しいと言うので、私が時間をかけて縫ってあげたものだった。
どうやら二人は一緒に買い物に来ていたようで、正行の手には沢山の紙袋が握られている。
「姉様、暁烏で辛い目に遭っているという噂は本当ですか!? 帝から聞きました。姉様は毎晩空が白む頃まで寝かせてもらえない拷問のような日々を送っているとか!」
思わず吹き出しそうになるが、私は何とか表情を乱さず耐え切った。
(誰!? そんな噂流したのは!! ……帝か)
ならば仕方がない……と私は諦めて、だんまりを貫く。恐らく帝の意図した内容と正行が想像しているものは別物だが、正行に対してはむしろそう意味を取ってくれて助かったとさえ思う。
「姉様を助けたくて憎き暁烏志成を問い詰めても、烏らしく上手く誤魔化すばかりで、周りもあいつに騙されて全然僕に協力してくれない! 僕があの夜あんな失敗をしたせいで、姉様は痛ぶられて……」
「本当に煩いわね、鬱陶しい」
「茜こそ、こんなに儚い和音姉様を掴まえていつも文句ばかりだ。姉様、よくここまで逃げて来てくれたね。もう大丈夫、僕が守ってあげるから、鷹宮に帰ろう。暁烏志成も、禍津日神も、もう誰も和音姉様には触れさせない。僕、良い方法を見つけたんだ」
正行はそう言うと紙袋を全て茜に押し付けて、私の両手を引いて立ち上がらせる。
「正行! 私に荷物を押し付けるなんて、どういうつもり!?」
「だって和音姉様は手を引いてあげないと、すぐ転んでしまう。一人で堂々と何でも出来る鷹の茜とは違うんだよ。金糸雀は周囲の環境で簡単に……あれ? 和音姉様……呪詛が……?」
私はハッとして正行に掴まれていた手を引っ込める。
「どうして……簡単には解けないようにしたと、父上が……」
志成様の予想通り、正行には私の首にかかっていた呪詛が見えており、呪詛をかけたのはお父様だった。
解術がバレてしまった私は、思わず踵を返して走り出そうとするが、正行に腕を掴まれ引き留められる。
「待って! まさか暁烏志成が解術したの? まさかあいつは本気で姉様のことを好いて、花嫁として迎えて……?」
「ちょっと……まさか和音姉様は鷹宮に戻ってこないつもりだったわけ!?」
真相に辿りついてしまい、鷹らしい強い瞳に明らかに嫉妬心を写し始めた正行と……彼のせいで今から鷹宮が陥るであろう危機に気がついてしまった茜。二人は顔を見合わせて「このまま和音姉様を連れて帰ろう」と合意する。普段は反発しあっているくせに、そんなところだけ双子らしい。
正行がパッと姿を鷹にして、私の帯をお太鼓の部分ごと後ろから鷲掴みにしようとする。このまま誘拐するように飛んで連れ戻す気だと気がついた私は、咄嗟に帯留も帯揚げも解いて、帯を外してしまう。流石に正行も私が街中で帯を解くとは思っていなかったようで、一瞬の隙をついて私は走り出した。
「姉様!?」
しかし元々外出もせず走り慣れない私が、一人で逃げ切れるわけがない。すぐに息が切れてしまった私は、ちょうど建物の影になった部分で足を止めた。
「──っ、志成様……!」
志成様は遥か上空から、私の小さな歌声が聞こえたのだと言ってくれた。それを信じて、今出来る全力の声量で──愛する夫の名前を叫んだ。
その瞬間。私の体は後ろから何かに包まれるようにして捉われた。
「あんたに言うと姉様姉様って馬鹿みたいに煩いからよ、正行」
私と茜の間に割って入るようにして乱入してきたのは……私が志成様の元へ嫁ぐきっかけともなった、弟の正行。今日は仕事が非番だったのだろうか? 軍服ではなく、渋い緑色の着物と濃い灰色の羽織を纏っている。……その羽織は、正行が軍に入った時にお祝いとしてどうしても欲しいと言うので、私が時間をかけて縫ってあげたものだった。
どうやら二人は一緒に買い物に来ていたようで、正行の手には沢山の紙袋が握られている。
「姉様、暁烏で辛い目に遭っているという噂は本当ですか!? 帝から聞きました。姉様は毎晩空が白む頃まで寝かせてもらえない拷問のような日々を送っているとか!」
思わず吹き出しそうになるが、私は何とか表情を乱さず耐え切った。
(誰!? そんな噂流したのは!! ……帝か)
ならば仕方がない……と私は諦めて、だんまりを貫く。恐らく帝の意図した内容と正行が想像しているものは別物だが、正行に対してはむしろそう意味を取ってくれて助かったとさえ思う。
「姉様を助けたくて憎き暁烏志成を問い詰めても、烏らしく上手く誤魔化すばかりで、周りもあいつに騙されて全然僕に協力してくれない! 僕があの夜あんな失敗をしたせいで、姉様は痛ぶられて……」
「本当に煩いわね、鬱陶しい」
「茜こそ、こんなに儚い和音姉様を掴まえていつも文句ばかりだ。姉様、よくここまで逃げて来てくれたね。もう大丈夫、僕が守ってあげるから、鷹宮に帰ろう。暁烏志成も、禍津日神も、もう誰も和音姉様には触れさせない。僕、良い方法を見つけたんだ」
正行はそう言うと紙袋を全て茜に押し付けて、私の両手を引いて立ち上がらせる。
「正行! 私に荷物を押し付けるなんて、どういうつもり!?」
「だって和音姉様は手を引いてあげないと、すぐ転んでしまう。一人で堂々と何でも出来る鷹の茜とは違うんだよ。金糸雀は周囲の環境で簡単に……あれ? 和音姉様……呪詛が……?」
私はハッとして正行に掴まれていた手を引っ込める。
「どうして……簡単には解けないようにしたと、父上が……」
志成様の予想通り、正行には私の首にかかっていた呪詛が見えており、呪詛をかけたのはお父様だった。
解術がバレてしまった私は、思わず踵を返して走り出そうとするが、正行に腕を掴まれ引き留められる。
「待って! まさか暁烏志成が解術したの? まさかあいつは本気で姉様のことを好いて、花嫁として迎えて……?」
「ちょっと……まさか和音姉様は鷹宮に戻ってこないつもりだったわけ!?」
真相に辿りついてしまい、鷹らしい強い瞳に明らかに嫉妬心を写し始めた正行と……彼のせいで今から鷹宮が陥るであろう危機に気がついてしまった茜。二人は顔を見合わせて「このまま和音姉様を連れて帰ろう」と合意する。普段は反発しあっているくせに、そんなところだけ双子らしい。
正行がパッと姿を鷹にして、私の帯をお太鼓の部分ごと後ろから鷲掴みにしようとする。このまま誘拐するように飛んで連れ戻す気だと気がついた私は、咄嗟に帯留も帯揚げも解いて、帯を外してしまう。流石に正行も私が街中で帯を解くとは思っていなかったようで、一瞬の隙をついて私は走り出した。
「姉様!?」
しかし元々外出もせず走り慣れない私が、一人で逃げ切れるわけがない。すぐに息が切れてしまった私は、ちょうど建物の影になった部分で足を止めた。
「──っ、志成様……!」
志成様は遥か上空から、私の小さな歌声が聞こえたのだと言ってくれた。それを信じて、今出来る全力の声量で──愛する夫の名前を叫んだ。
その瞬間。私の体は後ろから何かに包まれるようにして捉われた。