公衆の面前で完全に腰を抜かした私は、道の脇にあるベンチに座って休んでいた。
(志成様の馬鹿……往来のど真ん中であんなことをしたら、噂になってしまうわ……!! 噂くらいならまだ良いけど、志成様が仕事をサボって逢引していただなんて責められたら……)
私は両手で頬を包み、一人で百面相に忙しい。志成様は、すっかり顔が火照ってしまった私のために、水を買いに行ってくれていた。
一人で休息しているにも関わらず、私の頭の中は志成様一色。これではいつまで経っても落ち着けない!
(早く落ち着かなきゃ……志成様は暁烏の当主。その妻なのだから、誰から見られても恥ずかしくないようにしなくては)
その時、熱持った私の体が急に冷えるような……聞き馴染みのある甲高い声が、頭上から響いた。
「あら、和音姉様じゃない。こんな場所で会うなんて思わなかったわ」
もう二度と会いたくなかった。そんな気持ちで私は視線を上げる。
ベンチに座った私の前に立つ……妹、茜の目線は、以前と同じように私を蔑み見下している。綺麗に着飾って自信満々。意思の強い瞳の彼女は、数ヶ月経ってもそのままで相変わらずだった。
「なかなか鷹宮に戻ってこないと思ったら、こんな場所に捨てられていたの? 暁烏に捨てられた上、鷹宮にも帰ってこられなかっただなんて可哀想な和音姉様──、あら……? おかしいわね。血色が良くなったのではなくて?」
茜は私の髪を思いっきり引っ掴んで、私の顔を上に向かせる。
「──おかしい。前より顔色も良いし、あんなに痩せこけていたのに少しふっくらして、着物も綺麗……」
気がつかれたくなかった。私はその思いで視線を逸らす。
話してはならない。私に掛けられた呪詛が解けたのだと知られたら、どうなるか……
「ハハッ! こんな欠陥品に餌付けだなんて、暁烏の人たちは変わっているわね」
(あれ……? もしかして茜は呪詛のことを知らないの?)
呪詛のことを知っているのであれば、少しでも私が健康そうに見えれば、呪詛が解けたのではないかと疑うだろう。
志成様も「正行なら見えていたはずだ」と言っていたので、茜は気がついておらず、本気で私は体が弱いのだと信じていたのかもしれない。
「病弱なお人形を当主の花嫁に据えて、粋な趣味ですこと! でも和音姉様、まさか忘れてないわよね?」
茜はキッと私を睨みつける。呪詛は解けて元気になったはずなのに、私の心はすっかり鷹宮の中で小さく縮こまっていたあの頃へ戻ってしまっていた。
「次の冬贄になるのは、欠陥品の和音姉様なのよ。暁烏の当主、人情の無い冷たい人でしょう? 傷つく前に離縁を申し出て、鷹宮に戻ってきなさいよね。私は和音姉様のことを考えて言ってあげているのよ!」
「志成様は……そんな人ではないわ」
「あはは! すっかり洗脳されちゃって。体の弱い姉様は、鷹宮に戻ってきて贄になるくらいしか、使い道がないの。姉様なんかを愛する人がいる訳ないでしょう!」
「──茜!」
一瞬心が闇に呑まれかけた私を現実へと引っ張ったのは、これまた聞きたくなかった……弟の声であった。
(志成様の馬鹿……往来のど真ん中であんなことをしたら、噂になってしまうわ……!! 噂くらいならまだ良いけど、志成様が仕事をサボって逢引していただなんて責められたら……)
私は両手で頬を包み、一人で百面相に忙しい。志成様は、すっかり顔が火照ってしまった私のために、水を買いに行ってくれていた。
一人で休息しているにも関わらず、私の頭の中は志成様一色。これではいつまで経っても落ち着けない!
(早く落ち着かなきゃ……志成様は暁烏の当主。その妻なのだから、誰から見られても恥ずかしくないようにしなくては)
その時、熱持った私の体が急に冷えるような……聞き馴染みのある甲高い声が、頭上から響いた。
「あら、和音姉様じゃない。こんな場所で会うなんて思わなかったわ」
もう二度と会いたくなかった。そんな気持ちで私は視線を上げる。
ベンチに座った私の前に立つ……妹、茜の目線は、以前と同じように私を蔑み見下している。綺麗に着飾って自信満々。意思の強い瞳の彼女は、数ヶ月経ってもそのままで相変わらずだった。
「なかなか鷹宮に戻ってこないと思ったら、こんな場所に捨てられていたの? 暁烏に捨てられた上、鷹宮にも帰ってこられなかっただなんて可哀想な和音姉様──、あら……? おかしいわね。血色が良くなったのではなくて?」
茜は私の髪を思いっきり引っ掴んで、私の顔を上に向かせる。
「──おかしい。前より顔色も良いし、あんなに痩せこけていたのに少しふっくらして、着物も綺麗……」
気がつかれたくなかった。私はその思いで視線を逸らす。
話してはならない。私に掛けられた呪詛が解けたのだと知られたら、どうなるか……
「ハハッ! こんな欠陥品に餌付けだなんて、暁烏の人たちは変わっているわね」
(あれ……? もしかして茜は呪詛のことを知らないの?)
呪詛のことを知っているのであれば、少しでも私が健康そうに見えれば、呪詛が解けたのではないかと疑うだろう。
志成様も「正行なら見えていたはずだ」と言っていたので、茜は気がついておらず、本気で私は体が弱いのだと信じていたのかもしれない。
「病弱なお人形を当主の花嫁に据えて、粋な趣味ですこと! でも和音姉様、まさか忘れてないわよね?」
茜はキッと私を睨みつける。呪詛は解けて元気になったはずなのに、私の心はすっかり鷹宮の中で小さく縮こまっていたあの頃へ戻ってしまっていた。
「次の冬贄になるのは、欠陥品の和音姉様なのよ。暁烏の当主、人情の無い冷たい人でしょう? 傷つく前に離縁を申し出て、鷹宮に戻ってきなさいよね。私は和音姉様のことを考えて言ってあげているのよ!」
「志成様は……そんな人ではないわ」
「あはは! すっかり洗脳されちゃって。体の弱い姉様は、鷹宮に戻ってきて贄になるくらいしか、使い道がないの。姉様なんかを愛する人がいる訳ないでしょう!」
「──茜!」
一瞬心が闇に呑まれかけた私を現実へと引っ張ったのは、これまた聞きたくなかった……弟の声であった。