急に仕事をサボって逢引だなんていけません! と注意した私であったが、受け入れてもらえず。主に私のお世話をしてくれている年配の家政婦が「外でも和音様を独り占めして、自慢して歩いてみたいのでしょう。お子が出来たらそうも言っていられませんからねぇ」なんて笑いつつ、街歩き用に普段着より良い着物を用意してくれる。それが偶然なのか縁起の良い七宝つなぎ柄の薄梅色をした小紋で……なんとなく恥ずかしくて、上手く返事が出来なかった。
◇
春の陽気の中、私は志成様の腕に掴まって都の中を歩く。帝が暮らしている皇居に繋がる大通り。そこから脇に入った通りには、都の中心部らしく沢山の商店が立ち並ぶ。
呉服屋に洋菓子屋に、劇場まで。ずっと鷹宮の屋敷で引きこもって生きてきた私にとっては初めて見るものばかりで、私の視線はキョロキョロとせわしなく動く。「仕事をサボるなんて!」と注意していたはずの私のほうが目を輝かせてしまい、つい歩きながら歌ってしまう。そんな私を見た志成様が幸せそうに破顔して笑うので、気まずくてプクッと頬を膨らませた。
「ごめんごめん、あまりに和音が可愛くて。金糸雀は鳥籠で愛でるものとばかり思っていたが、外の世界を知って目を輝せる姿も、あまりに尊い。この顔を俺がさせたのだと思うとぞくぞくする」
私は志成様の特殊な性癖の扉でも開けてしまったのだろうか。
「俺の息抜きのつもりだったが、和音がこんなに楽しんでくれるとは思っていなかった。もしやずっと屋敷の中で、息が詰まっていたのか?」
「詰まりません。だって鷹宮では六畳一間が私の世界のほぼ全てでしたが、志成様に嫁いでからは生活範囲が暁烏のお屋敷全体になりました。とっても自由です」
「鳥籠が快適なのであれば良かったが、俺は和音にもっと色んな物を見せてやりたくなった。またこうやって出掛けたいな」
志成様はそう言いながら、洋菓子店で買ったばかりの包みを開けて、四角い茶色の物体を私の口に放り込む。とろりとした甘さと絶妙なほろ苦さ。口の中でそれらが溶け合って、絶妙なハーモニーを奏でる。腰から砕けてしまいそうになるほどの美味しさに驚いて、私はぎゅっと志成様の腕にしがみつく力を強めた。
「美味いか? 最近子女の間で流行っているキャラメルという菓子らしい」
「びっくりするほど美味しいです! まるで志成様と唇を合わせた時のようにふわっとした気持ちになって……ッあ!」
キャラメルの美味しさに驚いて、非常に恥ずかしいことを往来のど真ん中で口走ってしまった。ハッとして志成様から離れて、両手で口を塞ぐが、もう遅い。不敵な笑みを浮かべつつ、口元を塞ぐ私の手を引き剥がしてくる志成様に……勝てる訳がない。
「そこまで美味いのなら、俺にも味見させてもらえないか?」
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春の陽気の中、私は志成様の腕に掴まって都の中を歩く。帝が暮らしている皇居に繋がる大通り。そこから脇に入った通りには、都の中心部らしく沢山の商店が立ち並ぶ。
呉服屋に洋菓子屋に、劇場まで。ずっと鷹宮の屋敷で引きこもって生きてきた私にとっては初めて見るものばかりで、私の視線はキョロキョロとせわしなく動く。「仕事をサボるなんて!」と注意していたはずの私のほうが目を輝かせてしまい、つい歩きながら歌ってしまう。そんな私を見た志成様が幸せそうに破顔して笑うので、気まずくてプクッと頬を膨らませた。
「ごめんごめん、あまりに和音が可愛くて。金糸雀は鳥籠で愛でるものとばかり思っていたが、外の世界を知って目を輝せる姿も、あまりに尊い。この顔を俺がさせたのだと思うとぞくぞくする」
私は志成様の特殊な性癖の扉でも開けてしまったのだろうか。
「俺の息抜きのつもりだったが、和音がこんなに楽しんでくれるとは思っていなかった。もしやずっと屋敷の中で、息が詰まっていたのか?」
「詰まりません。だって鷹宮では六畳一間が私の世界のほぼ全てでしたが、志成様に嫁いでからは生活範囲が暁烏のお屋敷全体になりました。とっても自由です」
「鳥籠が快適なのであれば良かったが、俺は和音にもっと色んな物を見せてやりたくなった。またこうやって出掛けたいな」
志成様はそう言いながら、洋菓子店で買ったばかりの包みを開けて、四角い茶色の物体を私の口に放り込む。とろりとした甘さと絶妙なほろ苦さ。口の中でそれらが溶け合って、絶妙なハーモニーを奏でる。腰から砕けてしまいそうになるほどの美味しさに驚いて、私はぎゅっと志成様の腕にしがみつく力を強めた。
「美味いか? 最近子女の間で流行っているキャラメルという菓子らしい」
「びっくりするほど美味しいです! まるで志成様と唇を合わせた時のようにふわっとした気持ちになって……ッあ!」
キャラメルの美味しさに驚いて、非常に恥ずかしいことを往来のど真ん中で口走ってしまった。ハッとして志成様から離れて、両手で口を塞ぐが、もう遅い。不敵な笑みを浮かべつつ、口元を塞ぐ私の手を引き剥がしてくる志成様に……勝てる訳がない。
「そこまで美味いのなら、俺にも味見させてもらえないか?」