「寧々よ」


 暗闇を彷徨うわたくしに声をかけて下さったのはあの時と同じ方でした。


 「一度に力を使い過ぎだ。今なら器が見えるだろう」

 「はい」


 わたくしの意識は体にある器に行きました。

 そこには美しい光輝く緑の液がたっぷりと入っていました。


 「液は力。器は限界。液が無くなることで体に不調が出てくる」


 わたくしは先日器に入っている液を全て使ったので、倒れたのでしょうか。


 「寧々よ。器は年月、経験と共に大きくなる。いづれは倒れずに済むと思っている」


 それは安心いたしました。

 突然、倒れたわたくしのことをきっと和葉は心配しているでしょうから。


 「ん?どうやら、寧々を呼んでいるようだな」


 わたくしには全く聞こえませんが、神様がおっしゃるので聞こえるのでしょう。

 あの時は光に包まれて覚醒しましたが、今日は違いました。

 手を引っ張られる力と共に、わたくしの名を呼ぶ声が聞こえてきました。

 力に身を任せて暗闇を出たわたくしに待っていた光景は


 「寧々様、申し訳ございませんでした!」


 和葉の土下座でした。


 「えっと、どういうことでしょうか?」


 混乱ぶりを出さないように出さないように、頬に手を当てて聞きました。

 視界に入る景色からわたくしは城の自室にいるようです。

 どなたか運んでくれたのでしょうね。

 お礼をしなければいけません。


 「私が寧々様の光に気を取られている間に寧々様は倒れてしまって......。私の不届きです......」

 「和葉が謝る必要はないです。使って疲れてしまったわたくしが悪いので。それよりもわたくしを運んで下さった方は?」

 「俺だ。風が吹いたと思うと見たこともない光が飛んできて土地を癒し始めた。飛んできたところに行ったら、寧々がいて、急に倒れたんだ」

 「お手数をおかけしました......」

 急に妻が倒れるだなんて、恐怖だったでしょう。

 申し訳ないことをしてしまいました......。


 「全くだ。それより、あの力はなんだ?」

 「それが、神様からの祝福なのです......。この力を使って救えと」


 信じられませんよね、と笑みを浮かべると


 「信じる」

 「え?」


 つい本音が出てしまいました。

 正成様がわたくしを信じるのですか?

 正成様はわたくしのことを好んでいません。

 どうして信じるのでしょう?


 「あの場を見た者は信じざるを得ないだろう。......寧々、お願いがある」


 常に見下ろされていた視線が正面に来ました。

 一段声が低くなったことでこの場には緊張が走ります。

 わたくしも笑みを消して姿勢を正しました。


 「何でしょうか?」

 「この国の田畑を城のように癒すことは可能か?」

 「おそらく可能だと思いますよ」


 わたくしの体には負担がかかると思いますが、そんなことを言う必要はありません。

 わたくしの代償に新たに命が芽吹き、戦火を消すことができるのなら......。


 「そうか......!」


 ほっとした安堵の声が正成様から洩れました。

 わたくしには向けられない優しさは民へと注がれます。


 「正成様、いつからすれば良いのでしょうか?」

 「今日、と言いたいが、倒れたばかりの寧々を酷使するわけにはいかない。三日後でいいか?」

 「それまでに万全にしておきますね」


 わたくしの言葉に安心したのか正成様は部屋から出て行きました。


 「寧々様、大丈夫なのですか?」

 「......和葉、少し一人にさせてくれる?」


 わたくしは和葉の質問に答えずに、一人にさせてほしいと願い出ました。

 和葉は何か言いたげな顔をしながらも出て行きました。

 目を閉じると浮かぶのは過去のこと。

 繊細なガラス細工のようないつ壊れてもおかしくない平穏な日々。

 音を立てて崩れ落ちていく平和。

 悲しそうな目で頭をなでて下さる千晶兄様。

 全てを包み込む真っ赤な炎。

 やめて......!こっちに来ないで......!

 運命として受け入れても怖いものは怖いのです。

 硬く閉じた瞼を開けると眩しすぎる現実。

 手は小刻みに震えています。

 大丈夫......。あれは過去......。

 今から、変えるのでしょう?

 そう自分を叩いて何とか前を向かせます。

 そろそろ呼ばないと和葉が心配しますね。

 武家の女性らしく冷静に。


 「和葉、入って来ていいですよ」


 いつも通りの声の雰囲気に安堵しつつ、わたくしは和葉を迎える準備をいたしました。