「今日はクラス替え後、初めての英語の授業なので、自己紹介ゲームをしましょう。名前は勿論のこと、好きな物を絶対二つは会話に入れてください。できるだけ、会話が続くように頑張ってください。相手の好きな物や細かい情報はト書きで必ずメモして、その数が多い人にはご褒美用意しています。自己紹介中は日本語をできるだけ使わないでください。制限時間は三十分で少なくとも、三人には聞いてください。できれば、初めて同じクラスになった人とやってくださいね。先ほど配った紙に、メモをしてください。メモはできれば、英語で書いて欲しいのですが、単語が分からなかったりすれば、日本語でも大丈夫です。皆さん立ってください。それでは始めましょう」

 タイマーのピッという音とともに、皆動き始める。絶対、水島とやりたい。

「匠―。やろうぜ」

 一番に声をかけてきたのは、松本奨太。確かにこいつは、初めて同じクラスになったが、同じサッカー部だから、知っている。

「分かった」

 急いで会話を終わらせる。

「じゃあ!」

 水島の元へ行こうとするが、急に交通止めされる。

「ねぇ! 私とやろうよ!」

 俺の前に現れたのは、金城優芽。彼女は、このクラスの女子を仕切っているリーダー格の存在で、告白されたことがある。確か、十二月だった。でも、俺は断った。彼女に釣られて多くの人が目の前に現れる。

「うん、いいよ」

「やった!」

 一方的にしてくる向こうの会話に俺は疲弊していた。だって、「彼女いる?」とか「好きなタイプは?」「好きな人はいるの?」とか聞かれて、俺は少し戸惑ってしまった。だが、正直に答えた。

「I have no girlfriend now. But I have a crush on someone. Sorry, I cannot answer your feeling」

(彼女は今いないが、好きな人はいる。だから、あなたの気持ちには応えることができない。)


 俺の英語を理解し、「OK! Bye!」というと、金城は顔を伏せて足早に他の人の元へと行った。その後、俺に話しかけてくるクラスメイトたちとてきぱきと会話を終わらせた。残り時間は、三分。やばい、時間が迫っている。この機会を逃したとしても、話せる機会はあるのかもしれない。でも、相当勇気いるだろうし、時間がかかってしまうかもしれない。

「あの、良かったら、私としませんか?」

 顔をあげると、水島が俺の目の前に立っていた。俺が話しかけるべきだったのに、向こうが話しかけてきてくれた。下を向いていた向日葵が、突如現れた太陽に照らされ元気になったかのような明るい気分になった。

「Of course!」(もちろん!)

「My name is Karin Mizushima. Nice to meet you!」(私の名前は水島花凛。よろしく!)

「My name is Takumi Shibasaki. Nice to meet you too!」(俺の名前は柴崎匠。こちらこそ!)

「What is your hobby?」(趣味は何?)

「My hobby is to read Manga. I often read ” pastel ride”」(俺の趣味は、漫画を読むこと。『パステルライド』をよく読んでいる。)

「Really? I like the manga too!」(本当? 私もその漫画好き!)

「Why do you like the manga?」(なぜ、その漫画好きなの?)

「I like drawing, funny of character and the world view」(作画、登場人物のキャラ、世界観が好き。)

 会話のキャッチボールを繰り広げていく。タイマーが鳴り響く。良い所だったのに……。

「今話している人はきりの良い所で辞めて、終わっている人は席についてください」

 先生が大きな声で遮断しようとする。

「I know! Lastly, I want to get along with you.」(分かる! 最後に、君と仲良くなりたい。)

 俺は足早に、本心を伝える。


「Sure!」(もちろん!)

微笑む君の姿を見て嬉しさが一気にこみ上げてくる。


 放課後、部活が終わり、俺は『パステルライド』を揃えるべく、本屋に向かった。今日は、水島と英語の授業で話せてよかった。水島との英語での会話が頭の中で再生されている。余韻に浸りながら、本屋に入る。

 本屋に入るとすぐに『パステルライド』を置いているコーナーを探した。この時はアニメ化が決定していなかったし、人気が出る前だったから、少し分かりにくい所にあった。

「この時は何巻まで出ているのだろう。一、二、三、四、五、五巻か」

五巻は今日発売されたばかりだ。よっしゃ、ラッキーと思い、カゴに入れていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「あれ、柴崎くん?」

 振り返ると水島が立っていた。まさか、会えるとは思いもしなかった。

「おぉ! お疲れ…」

「お疲れさま。部活帰り?」

「うん。今日、『パステルライド』の新刊の発売だから、買おうかなって」

「私も!」

 水島が俺の持つカゴをじーっと見てくる。あっ、『パステルライド』が好きで全巻読んだのは本当なのに、この時の俺は揃えていなかったから、あぁ…嘘ついていることになってしまう。

「これ、俺今まで電子書籍で読んでいたんだけど、紙でも揃えたくなっちゃって」

 電子書籍で読んだことないけど、一番この理由が言い訳に適している。

「そうなんだ! 電子書籍派の人も欲しい本は、紙で揃えたいという人多いって聞く」

 苦し紛れの言い訳だったが、なんとかいけた。よし、乗り切った。

「そうなんだよ」

 苦笑いを浮かべて、答える。



 本を購入後、水島は電車通学をしているため、俺は駅まで水島を見送ることにした。一周目は、本屋で別れていた。

 何だか新鮮だ。いつもと違う道を通ることになるけど、そこまで家に着く時間にさほど変わりはなかったし、何より水島と一秒でも長く話していたかった。

「本当に大丈夫? 遠回りにならない?」

 水島が心配そうに聞いてくる。

「全然、大丈夫。水島と少しでも一緒に話せたらなぁって思ったから」

 蕾から花が咲くかのように嬉しそうに水島が微笑んでくれたのが暗くても分かる。

「私も、柴崎くんと話したいなって思っていた。そしたら、今日本屋で会ったからびっくりした」

「俺も、びっくりした。『パステルライド』好きな人って、周りにあまりいなかったから、今日、水島が俺と同じ作品を好きっていうのを知って嬉しかった」

 本当は、一周目から知っているけど…

「私も! あのさ、知ってる?」

「ん?」

 興奮気味な声で問いかける水島を見て、俺は首を傾げる。

「今回の五巻、購入者特典としてくじが付いているの!」

「えっ、そうなの?」

「シールの他に、QRコードを読み取って結果を見ないといけないのだけど、A賞が、『パステルライド』の漫画展のチケットらしい」

「えっ!」

 驚きで叫んでしまった。一周目は、まとめ買いで買ったため、その情報は初耳だった。

「ゴールデンウイークにあって、チケット当たらなくても入場料を払えば、入れるのは入れるのだけど、A賞当たった人には、サイン会に参加できるらしい!」

 水島の興奮がひしひしと伝わってくる。

「そうなんだ! 帰ったら確認しなきゃな」

「当たったらすごいよね」

 話しながら帰り道を共にしていると、あっという間に駅に着いた。

「じゃあね、また明日!」

 水島が手を振って、階段に向かって歩いて行く。

「ちょっと待って」

 水島が、俺の声で振り返る。

「あの、良かったら…連絡先交換しない?」

 少し驚いた表情を浮かべるが、頷く。

「そうだね、もちろん!」

 断られなくて良かった。スマホをズボンのポケットから出して、アプリを開きQRコードを読んで、連絡先を交換する。水島のアイコンは、花の写真で、花凛という名前だった。この花、何の種類なのかな。

「追加っと」

 追加という文字を人差し指でタップした。

「私も追加したよ。スタンプ送ろ!」

「分かった」

 何のスタンプにしようか悩んでいたら、水島が先に送ってきた。

 白いクマが帽子を取って「よろしく」と頭を下げているスタンプだった。可愛いなと心で思いつつ、俺も送るスタンプを決め、人差し指で優しくタップする。

「このスタンプ! 『パステルライド』のリンネちゃんだ」

 このキャラクターは、三巻で登場した小学生の女の子リンネちゃん。ツインテールで赤いランドセルを背負い、暇で退屈な時は、ランドセルからリコーダーを出して、吹きながらスキップをしている。たまに毒舌を吐いて、主人公のタケオを委縮させる。最新刊十二巻でタケオの未来の孫だということが分かる。だから、水島は、この子の正体をまだ知らない。リンネが、頭を下げると同時に、空いているランドセルの中の荷物が飛び出るスタンプを送った。

「リンネちゃん、可愛いよね! 面白いし。正体気になるよね」

「うん、そうだね」

 俺はもうすでに、正体を知ってしまっているから、ネタバレにならないように口をチャックで閉めて頷く。

「あっ、今日はありがとうね」

「こちらこそ、水島と出会えて良かった」

「じゃあね。また明日!」

「じゃあな」

 別れるとすぐ家に向かって、自転車を漕ぎ始める。まさか、タイムリープをして翌日にあの日みたいに本屋で出くわすとは思わなかった。でも、水島と沢山話せて良かったし、連絡先も交換できた。

 一周目は仲良くなるのが遅すぎて、水島のこと全然知ることができなかったから、このまま側で守ることができたら、悲劇を回避できる。二周目では、絶対に水島を死なせない。近くで、水島のこと守る。そして、できることなら、あの日、胸の奥底に閉めた好きという気持ちを伝えたい。



 家に帰って、部屋にカバンを降ろすとすぐ、本棚に、今日購入してきたパステルライドを並べる。

 確か、特典が付いているのは五巻。確認してみるか。透明なフィルムを剥がし、中に入っていた栞についているQRコードを読み取る。「次へ」と出てきたので、押す。結果が出るのに三十秒ぐらいかかるらしい。まぁ、ハズレだろうと思い、時計に目を遣る。もうそろそろ結果が出たかなと画面に戻る。

「うっ…えっ! これA賞じゃん! でも、ペアチケットだ」

 驚きのあまり目玉が飛び出そうになる。ペアなのは聞いていない。

 ペアか……すぐ誘いたい相手が頭に過り、心拍数が急に早くなる。俺は、水島にメッセージを送ろうと、水島のアイコンを押すが、直接誘うべきだなと頭に過り、閉じた。そして、スマホをベッドに置いた。



「明日、誘おう」

 昨日、勇気が玉砕したばかりだが、関係ない。あの程度でくじけていたら、また水島を救うことができない。