詩織(しおり)の家、香取(かとり)家は代々優秀な文官や側仕えを輩出してきた歴史ある名家だった。

 そんな家で今、


 「まさか、詩織が選ばれるなんてな......」


 家族会議が開かれていた。

 文官として前国主に重宝された父、藤郷(ふじさと)が頭を抱えるほどのことが起きていた。


 「どうやって辞退いたしましょう?」


 前国主の正室で領主の母に仕える母、小牧の方も頭を悩ました。

 領主の正室に選ばれることは大変名誉なことであるが、藤郷や小牧は辞退したかった。


 「姉上、神楽様の正室として嫁ぐのですよね?」

 「私が良く分からないうちにそうなりましたね」


 神楽の妹に仕える妹の双葉の質問に詩織は答えた。

 両親が辞退したい理由。

 それは詩織が考えることをしないからだ。

 文官も側仕えも学が必要で教養を広く深くする必要がある。

 それなのに、詩織は勉強ができなかった。

 それだけではない。

 教養や礼儀作法もできなかった。

 読み書きや最低限の礼儀作法は幼い頃叩き込まれたので、辛うじてできる。

 そんなことよりも、体を動かすことが好きだった。

 考える時間、琴を弾く時間、手の指先まで神経を使う時間を全て鍛錬にあてていた。


 「姉上ったら......。わたくしが姉上の嫁入り準備をしましょう」


 詩織の分も血を継いだ双葉は苦笑しながらも、詩織の準備を手伝ってくれることになった。

 手伝いといっても嫁入り道具のほとんどを任せることになるが。


 「わたくしもやりますよ。嫁入りの準備は母親がするものですからね。それに詩織に任せたら、必要最低限の物しか持って行かないでしょうから」

 「ありがとうございます、母上、双葉」

 「では俺が結婚式に関する準備をしておこう。詩織は嫁入り修業をやってもらいたいたいが、庭で鍛錬をしてくれ」


 詩織は興味がない分野の物覚えが大変悪い。

 嫁入り修業なんてさせたら、普通の倍は確実にかかってしまう。

 時間がない今、藤郷は嫁入り修業よりも手間がへる鍛錬を選んだ。


 「かしこまりました!」


 詩織はそんな藤郷の思惑なんて知らずに、勢いよく部屋から出て行った。