突然の声と共に見えたのは刀を持った男の姿だった。

 理性を失った男の瞳には神楽が映っていた。

 領主一族の神楽は一瞬で死ぬような攻撃を受けない限り命を落とすことはない。

 だから、致命傷を避けて刺された後、男を押さえようとした。

 でも、そうはいかなかった。

 詩織が神楽の代わりになろうと飛び込んでしまった。

 弾き飛ばされた神楽が見たのは詩織が倒れる瞬間だった。


 「詩織!」


 慌てて詩織を抱きかかえるとべっとりとした温かみを感じる液体に触れた。

 くすんだ桃色が腹の所から止まることを知らない流動体によって赤黒く染まり上げる。

 (こうなったのも俺のせいだ。俺が詩織を危険な目に合わせた......)

 神楽に向かったものか男に向かったのか分からない後悔と激しい怒りが溢れてくる。

 だが、あふれ出す感情を包み込んで押さえてくれる何かがあった。

 理性ではない。

 もっと別の暖かい何か。

 下を向く視線が捕らえるのは固く瞳を閉じている詩織の姿。


 「今、助けるからな。それまで天に上がることないように」


 再び瞳が開いたら、

 頓珍漢なことを言って呆れさせてくれ

 誰にでも伸ばす手で多くの者を拾い上げてくれ

 城内にいる男を魅了してやれ

 (......またあの笑顔を見せてくれ......)

 全ての願い込めて紡ぐのは奇跡を起こす祝詞


 「祓え給い 清め給え 神ながら守り給い 幸え給え」


 一月も経っていないが、神楽はもう詩織がいない日々を想像できなかった。

 神楽から溢れ出す神の祝福は詩織に降り注いだ。