時生は、まず歴史や現代社会の質問をすると決めた。

「今年の暦は?」
「大正だ。大正五十年!」
「干支は?」
「うっ……うさぎだ! 来年は、たつだ!」
「よく分かりますね」

 にこやかに時生は頷く。すると澪が嬉しそうに頬を持ち上げた。

「開国したのは、いつですか?」
「うっ……ええと……ええと……わ、わかんない……」
「なるほど。では、江戸時代は、何年まででしたか?」
「へ? 江戸……? なんだそれは?」
「ちょっと難しかったですね」

 この言葉に、時生がむっとした顔をする。

「すぐに覚えてやる!」
「その意気です。じゃあ、次の質問です。お父様のことです」
「なんだ?」
「お父様のお仕事は?」

 時生は制服から、陸軍の軍人だという解答を念頭においていた。

「知ってるぞ! お父様のことにおれは詳しいんだぞ! お父様は、帝国陸軍あやかし対策部隊の副隊長なんだ!」
「えっ」

 それを耳にして、時生は驚いた。
 あやかし対策部隊というのは、聞いた事が無かったからだ。元々軍の知識に関しては欠落しているに等しいが、公的な機関に、一般的にはいるかいないか分からない、あやかしの部隊があるとは知らなかった。たとえば裕介の通う学校の授業にも、あやかし関連の課題は無かった。全ての宿題を押しつけられていたから間違いない。だがこの家に来た時も、夢うつつに偲本人からもそう聞いた事があったように思い出す。

「? 間違っているわけがないぞ!」
「そ、そう。お父様のことは、澪様は僕よりずっと詳しいと分かって驚いて」
「ふん。それはそうだ。僕は家族だからな! 次は?」

 澪の声に、気を取り直して、時生は続ける。

「あやかしを見る力をなんと呼びますか?」
「見鬼の才だ!」

 これに関しては、高圓寺家で少しだけ学んだ知識なので、時生にも分かることはある。

「正解です。では、未来を見る力は?」
「知ってるぞ! 先見の力だ!」
「これも正解です」
「当然だ。おれは両方持ってるからなっ」

 満足げに笑った澪の声に、時生は驚いた。

「そうなの?」
「うん。だって、おれは礼瀬家の跡取りだぞ! 普通は持ってる。お父様も持ってる! だからお父様はおれの先生なんだ」

 それを聞いて時生は目を丸くした。

「持っている家が、高圓寺家の他にもあるんだ……」

 ぽつりと時生が呟いたのを、澪が聞きとめた。

「そんなことも知らないのか? 四将といって、この帝都には、特別な力を持って生まれる家が四つあるんだぞ。おれの礼瀬家と、相樂(さがら)家と黎千(れいぜん)家と、高圓寺家というんだってお父様が前に言ってたもん」
「……そうなんだ」
「うん! でも一番は、見鬼でも先見でもなくって、この四つの家には、〝破魔の伎倆(ぎりょう)〟を持つ者が生まれるから、すごいんだぞ! お父様もおれも、勿論持ってるんだからな! いつかはおれも、お父様のように、みんなをこの力で守るんだもん。時生のことも守ってやる」

 初めて聞く言葉に、時生は頷いてから首を捻る。
 高圓寺家でも、破魔の技倆という語は耳にしたことが無かったからだ。

「破魔の技倆は、どんな力なの?」
「ううんと、な。あやかしには、良いあやかしと悪いあやかしがいるんだ。良いところと悪いところが両方あるあやかしもいるんだって。絶対にどちらかというわけではないんだって、お父様はいつも言ってる」
「うん」

 それは人間だって同じであるから、時生は納得する。

「破魔の技倆は、その中の悪いあやかしを退治したり、悪いことをしたあやかしに注意するときに使うんだって」
「そうなんだ」
「うん! それ以外は、『ヒミツだ』ってお父様は言うんだ! だからヒミツなんだ」

 そのような力も世の中にはあるのかと、時生は素直に驚きながら頷いた。

「次は?」
「ええと――」

 こうして異国語であったり、算学であったりと、その後も時生は質問を続けた。
 実際澪は様々なことを知っているが、時生から見れば、教えられることはたくさんありそうだった。勿論時生より優れた知識を持つ面も多かったが、これならば自分でも役に立つことが出来そうだと考える。

 謎々のように、そうして問答を重ねていると、すぐに昼食時になった。
 扉がノックもなく開いたのはその時である。

「昼飯ですよー!」

 入ってきたのは、十五・六歳くらいの少年だった。

(わたる)!」

 するとそちらを見て、澪が笑顔になった。

「おっ、坊っちゃんは今日も元気だな! ええと、そちらが時生さん?」
「あ、はい!」
「俺は渉と申します。ここの書生なんだ。宜しくお願いしまーす!」
「高圓寺時生です、宜しくお願いします」

 そんなやりとりをしてから、朝に食事をとった洋間へと向かった。
 本日の昼食はカツレツで、また時生は残してしまったが、非常に美味だったし満腹になり、泣きそうなほどに幸せだと感じた。