その後帰宅した時生は、軍帽を取ると、ほぉっと息を吐き、右手の白い手袋を左手で外した。
「おかえりなさいねぇ」
小春がいる和室に入り、薬缶の載るストーブの前にしゃがむ。
そして左手の手袋も外し、掌を向けて暖を取る。冷えていた体に、暖かい熱が当たる。最近小春が編んでいる長いマフラーを、何気なく時生は一瞥した。見る度に、違う毛糸で新しいマフラーを編んでいるから、もう五本目だろうかと考える。今は薄い青の毛糸の玉がこたつの脇に転がっている。ガーター編みだ。
「時生さんは、何色が好きだい?」
視線に気づいた小春が、目尻の皺を深くして微笑した。
「えっ、と……好きな色……」
唸ってるみるが、過去は生きることに必死で、そういった自分の趣味嗜好をじっくりと考えたことがなかった。長めに瞬きをしながら考えていると、亡くなった母・葵に一度だけ連れて行ってもらった神社の境内の、桜の色が脳裏を過った。
「白というか……ピンクというか……」
「それもまた可愛らしいねぇ。最近の男の子はハイカラさんだねぇ。じゃあ昨日完成したマフラーがぴったりだと思うわ。あとで、取ってくるわね」
「え?」
「貰ってくれないかね? 手持ち無沙汰でねぇ。娘が嫁に行ってしまって、孫も遠くにいるもんだから、贈ろうと思って毎年編むんだけれど、何色がいいか迷ってしまって、沢山作りすぎてねぇ。だからみんなに贈ろうかと思って、毎年貰ってもらっているんだよ」
微苦笑した小春を見て、時生は頷く。
「本当にいいなら、僕……欲しいです。つけてみたいです!」
「嬉しいねぇ。私の孫も、時生さんと同じくらいの年の頃でねぇ。時生さんを見ていると、孫を思い出して励みになるんだよ」
笑顔を返してくれた小春の言葉に、家族というものがまだ実感を伴って理解出来ているとは言えない時生の胸がほんのりと温かくなる。少なくとも時生自身は、礼瀬家の人々を家族だと――そう思っていても許されるだろうかと、いつも考えている。
「時生さーん!! 大変!! 変なお客様よ!!」
そこへ勢いよく戸を開けて、血相を変えた真奈美が駆け込んできた。
小春と時生が、同時に視線を向ける。
「時生さんのお兄さんだと言うの! 嫌なら、居ないと言って追い返すわ! 高圓寺なんて名前、私はもう聞きたくもありません!」
「えっ……まさか……裕介様が……?」
「そう! そう名乗っていたわ! 時生さんと同じでお顔立ちはいいのよ。でも目つきが気に入らないわ! 時生さんは優しいけれど、あれはダメね」
真奈美が腰に両手を当てて辛辣な言葉を放つ。時生は未だ嘗て、自分を裕介より優先された記憶が一度も無かったから、真奈美の言葉を聞いただけでも、肩から幾ばくか力が抜け、ここにいる皆は、己の本当の味方なのだなと感じ入ってしまった。
だが、だからこそ、迷惑をかけるわけにはいかない。
「ぼ、僕、出てきます」
「大丈夫?」
「はい。いってきます!」
決意し、手袋をはめ直して、時生は立ち上がった。そして小春に会釈してから、自分を見ていた真奈美に視線を向けて安心させるように微笑し、その横を通り抜ける。玄関へと向かう道中は、緊張しなかったわけではない。けれど今は不思議と、以前のような怖さが無かった。一人ではないと感じることは、このように人を強くしてくれるのかと、時生は胸元に触れながら嬉しくなる。
こうして時生は、玄関へと向かった。
「おかえりなさいねぇ」
小春がいる和室に入り、薬缶の載るストーブの前にしゃがむ。
そして左手の手袋も外し、掌を向けて暖を取る。冷えていた体に、暖かい熱が当たる。最近小春が編んでいる長いマフラーを、何気なく時生は一瞥した。見る度に、違う毛糸で新しいマフラーを編んでいるから、もう五本目だろうかと考える。今は薄い青の毛糸の玉がこたつの脇に転がっている。ガーター編みだ。
「時生さんは、何色が好きだい?」
視線に気づいた小春が、目尻の皺を深くして微笑した。
「えっ、と……好きな色……」
唸ってるみるが、過去は生きることに必死で、そういった自分の趣味嗜好をじっくりと考えたことがなかった。長めに瞬きをしながら考えていると、亡くなった母・葵に一度だけ連れて行ってもらった神社の境内の、桜の色が脳裏を過った。
「白というか……ピンクというか……」
「それもまた可愛らしいねぇ。最近の男の子はハイカラさんだねぇ。じゃあ昨日完成したマフラーがぴったりだと思うわ。あとで、取ってくるわね」
「え?」
「貰ってくれないかね? 手持ち無沙汰でねぇ。娘が嫁に行ってしまって、孫も遠くにいるもんだから、贈ろうと思って毎年編むんだけれど、何色がいいか迷ってしまって、沢山作りすぎてねぇ。だからみんなに贈ろうかと思って、毎年貰ってもらっているんだよ」
微苦笑した小春を見て、時生は頷く。
「本当にいいなら、僕……欲しいです。つけてみたいです!」
「嬉しいねぇ。私の孫も、時生さんと同じくらいの年の頃でねぇ。時生さんを見ていると、孫を思い出して励みになるんだよ」
笑顔を返してくれた小春の言葉に、家族というものがまだ実感を伴って理解出来ているとは言えない時生の胸がほんのりと温かくなる。少なくとも時生自身は、礼瀬家の人々を家族だと――そう思っていても許されるだろうかと、いつも考えている。
「時生さーん!! 大変!! 変なお客様よ!!」
そこへ勢いよく戸を開けて、血相を変えた真奈美が駆け込んできた。
小春と時生が、同時に視線を向ける。
「時生さんのお兄さんだと言うの! 嫌なら、居ないと言って追い返すわ! 高圓寺なんて名前、私はもう聞きたくもありません!」
「えっ……まさか……裕介様が……?」
「そう! そう名乗っていたわ! 時生さんと同じでお顔立ちはいいのよ。でも目つきが気に入らないわ! 時生さんは優しいけれど、あれはダメね」
真奈美が腰に両手を当てて辛辣な言葉を放つ。時生は未だ嘗て、自分を裕介より優先された記憶が一度も無かったから、真奈美の言葉を聞いただけでも、肩から幾ばくか力が抜け、ここにいる皆は、己の本当の味方なのだなと感じ入ってしまった。
だが、だからこそ、迷惑をかけるわけにはいかない。
「ぼ、僕、出てきます」
「大丈夫?」
「はい。いってきます!」
決意し、手袋をはめ直して、時生は立ち上がった。そして小春に会釈してから、自分を見ていた真奈美に視線を向けて安心させるように微笑し、その横を通り抜ける。玄関へと向かう道中は、緊張しなかったわけではない。けれど今は不思議と、以前のような怖さが無かった。一人ではないと感じることは、このように人を強くしてくれるのかと、時生は胸元に触れながら嬉しくなる。
こうして時生は、玄関へと向かった。