『……聞こえてるかな? えー、えぇー。こちら緊急警報、緊急警報だよ』
――ん? この声……もとい緊張感の欠ける話し方。
何処かで聞いたことがあるような……。
「……ッチ、逃げようなんて思うなよ。手は離してやる、疲れるから」
そんなことを薄れゆく意識の淵で考えていると、突然首への圧力からは解放された。
急激に確保された気道から、一気に空気が入り、当然むせ込む。
「ゲホゲホっ……、そもそも逃げないし、逃す気、微塵もないだろ! 降りてくれ重いっ」
「阿呆なのかお前。そこまで信用してないわ黙ってろ。口内に苔、生やすぞ」
……は、何だって、苔?
すごい剣幕で、地味に嫌な脅迫をされてしまった。
とはいえ、拘束を目的とした馬乗りから一度解放され、今度はただの椅子として扱われる。
口は悪いが、頼めば多少配慮してくる辺り、存外悪い奴ではないのかもしれない。
それに俺としても、この男が真剣な表情で耳を傾けている、島内放送とやらの内容が気になった。
『――心の準備は出来てるかい? これが今把握してる最新情報と思ってね。……現在、土地のあらゆる境目に綻びが発生。それにより此岸からの侵入者を確認。該当は喰い姫と華宿人2体。庭師各位は喰い姫に備え警戒体制。華宿人は市街地に侵入する可能性が高いため、各自自衛しながら、リンシュウの到着を待ってくれ。もし避難を望む者は傘ザクラへ。それと第一茶室にはトキノコがすでに向かったよ。シュンセイ、踏ん張って。それでは健闘を祈ってるよ』
こうして放送は終わりを告げ、二人の間に静寂が訪れる。
……正直、内容の九割は何を言っているのか分からなかったが、知っている単語もあった。
――華宿人。それは寄生植物の妖に憑かれた人間。
理性が飛んでおり、簡単に一線を超えた行動をとる、非常に厄介な存在だ。
アレがこんな明るい時間から出るなんて、聞いた事がない。
はぁ…………………………、と上から深く長いため息が漏れる。
「なんだって、こんな立て続けに色々起きてるんだ。お前さ、『害ありません』って面して、実は新手の敵だったりする? 関与を疑われてもしょうがないほど、タイミングが良いもんな」
「どんな顔だよ。俺はただ……」
――シャン。
最初は空耳かと思った。
――シャン、シャン。
しかし階段下から、鋭い鈴の音が確かに聞こえてくる。
「……おいおい、よりにもよって此処かよ。そりゃあ襲いやすいもんな。庭師がいないんだから」
立ち上がり、音のする方を見据えて、彼はそう吐き捨てた。
――シャンシャン、シャン。
ゆっくり、でも確実にコチラへ向かってくる。
俺が登ったのと同じ階段を使って。
――シャン、シャン、シャン、シャン、……シャン。
もう、すぐ近くまで何かが来ている。
「……しかし、妙だな」
「妙、とは?」
体に付着した草を払いながら、会話を続ける。
「普段より殺気が弱いような。まあ……気のせいかもしれないが」
「一体何が来るんだ。さっき言ってた華宿人か?」
「いや、あいつらはこんな所まで入って来ない。これは姫の方だ」
――姫。
放送で初めて耳にした、喰い姫と呼ばれていた奴か。
「まぁ、順当に考えれば、用があるのは俺だろう。人間に構ってる余裕はないんでな。巻き込まれたくなければ、自衛しろ」
「……分かった。あんた一人で対処出来るんだろうな」
「さあ? 言ってしまえば、踏ん張り所だな。……それより、来るぞ」
彼は一歩前に出て、招かれざる客を迎え撃つ態勢に入っていた。