偶然出くわしてしまった現場は、控えめな月明かりが静かに暴いた小道だった。
二対一……襲う少女と、襲われる男女。
人型ではあったが、双方人ならざる者達のいざこざ。
こちらとしても自分達の事で手一杯だ。
安売り出来る余裕なんて、持ち合わせていない。
――そう、関わるべきでないのは明らかだった。
なのに、声をかけずにはいられなかった。
それは一重に、消えかけていた女の方に肩入れしたからだ。
この忌々しい悪癖。……死ねば、治るのだろうか。
でも今回はそれ以上に、ただどうしようもなく「彼女を助けなくては」という強い衝動に突き動かされた。
そう、確か名前は……
「おや、本当に来てたね。ユメビシ」
背後から自分を呼ぶ明るい声に、思考が遮られる。
振り返ると、声の主は俺のすぐ真後ろに立っており、驚愕した。
こんな近くまで迫っていたのに、まるで気配を感じなかったからだ。
「……あんた、どこでその名前を知った?」
「んー、覚えてないのはキミだけさ。そんなことより、ロメイが礼を言ってたよ」
「……誰のことだ」
「おやおや、なにも知らずに助けたの? ほんと面白い子だね。さっきキミに助けられたと、感謝していた二人からの言伝だよ」
「そうか……って、な!?」
心底愉快そうに笑う長髪の優男は、なんの前触れも無く、俺を思いっきり後ろに突き飛ばした。
いや、正確には手水舎の中へ突き落とした。
「まあボクとしては、どちらでも構わないんだよね」
すぐ這い出ようと足掻くが、そもそも前提として妙だ。
外見は、腰の高さまでしかない石の器のだったはず。
何故、全身が浸かってもなお、下に足がつかないのか。
そして何より、水が重い。
もがけば、もがくほど、まとわりつく異物感。
ここで初めて気づいてしまった。
現在、手水舎の中で蠢いている物の正体に。
それは遠目で見れば、白い魚の群れに見えただろう。
しかし今や、俺の体にキツく巻き付くそれは無数の人の手だ。
足、腰、胸、腕、首、顔に。ぺったりと張り付き、離れない。
もはや成す術なく、眼下に続く暗闇へ、ゆっくり引き摺り込まれていく。
「――賭けてみようか」
かろうじて聞き取れたその声を最後に、世界から音が消えた。
何処までも、ずっとずっと、沈んでいく。
底無し沼と錯覚するほどに、中は深く、何も無かった。
いつの間にか拘束は解かれ、体は自由になっていたのに、猛烈な眠気にただ身を委ねていた。
意識が沈む深度に比例して、四肢の感覚も失われていく様だった。