浮遊感を纏う地面を、踏み締め、進んでゆく。
 
 この暗闇に目が慣れれば、なんて事はない。 
 ……浮き出た一本道を、あの光が灯る方角へ辿るだけ。
 
 別段指示されたわけでもないが、訂正もされないので歩き続ける。
 正直なところ……一刻も早く、こんな場所を通り抜けたい。
 
 相変わらず当たりは真っ暗で、彩なんてなかったが。
 ポツ、ポツ、と。
 道の上には時々、赤い花が落ちていた。
 これは……そう。椿だ。
 
 
「不思議でしょう? 島の何処にも、この花は咲いてないんですよ」
 
 背中越しに声をかけられる。
 なんとなく、道を少しでも踏み外せば、奈落へ落っこちそうな不安に駆られ、正面を向いたまま会話を続けた。

「じゃあ、何処から来た椿なんです?」
「さあ。こういった神域への通路には、時々現れるみたいですよ。何かのメッセージか、誰かの趣味か」
「……そういうものですか」
「あぁでもね。これから大事な物事が起きることの、前触れだったりもします。良い会合になることを祈ってますよ」

 話していると、あっという間に目的地としていた、灯りの元へ到着。
 光源の正体は、道を挟む様に立つ二つの灯籠だった。
 けれどその背後には、木製で出来た一つの鳥居が、ぼんやり照らされている。
 
 そしてその先には……途切れた道と、見通しの効かない背景。
 
「ささ、間をくぐって下さい」
「いや、行き止まりじゃないですか。道違ってたなら教えて下さいよ!」
「いえいえ、合っていましたよ? ここがほぼゴールです。騙されたと思って、通ってみて」

 人を馬鹿にした様でも、騙している様にも見えない、あまりに眩しい表情。
 そういえば……昨日も神域の騙し絵的な機能について聞いたな、と思い出した。
 それと似たような事もあるかな、と解釈して。
 また一歩足を踏み出す。   

 ――ビュオオオ!
 
 くぐった瞬間、強い風が吹き荒れ、硬く瞳を閉じてやり過ごす。
 踏ん張り、強張った体を、トオツグがそっと支えてくれる。
 
 
 風も落ち着き、ゆっくり瞳を開けて、広がる光景に……絶句した。
 麗らかな陽の光、穏やかな陽気、鼻腔をくすぐる花の香り。
 
 呆気に取られたのは、決してそれだけではない。
 
 少し離れた大きな木の下で、賑やかに……いや。
 どんちゃん騒ぎしながら、酒を酌み交わしている集団にだ。
 
「会合、というより宴会では……?」 
「久しぶりの会合ですから……茶室亭主人が集まると毎度こうでして。それと……」
 
 自然と漏れ出た疑問に、横から補足説明が入った。
 一度言葉を切った彼は、腰を少し曲げ、耳打ちする姿勢をとる。
 俺も耳を傾ければ、今日出会った中で、最も真面目な声が鼓膜に響く。
 
「ユメビシ君。僕は立場上、これから先は何も手助け出来ませんが、油断してはいけませんよ。彼ら『茶室亭主人』とは、この季楼庵の心臓を司る、一応神様ですから」
「嫌な予感がするんですけど、もしや会合って……?」 
「……その反応はヨミト、説明を怠りましたね。すみません、もっと早く言ってれば。会合とは『庵の重要事項を、()()()()()()()()()()()によって取り決める、話し合い』です。それに()()は招かれました」 
「君達って、」
 
  
「おやおや、内緒話ですか? 仲がよろしいですね」
 
 突然背後から声がし、両名が振り向くと、印象的な顔立ちの男が立っていた。
 何より奇妙なのは、好き好んで、その邪魔くさそうな装飾が付いた眼鏡をかけているところだ。
 顔の輪郭に沿って、鎖で繋がれた雫型のガラス細工が揺れている。
 その奥には、歌舞伎を連想させるような、派手な化粧に囲まれた、穏やかな糸目。
 
「トウノサイ。珍しいですね、貴方が最後なんて」
「いやね、彼女が怖がるものですから……ほら。大丈夫ですよ、いらっしゃい」
 
 トウノサイと呼ばれた男は、俺達も通ってきた鳥居に向かい優しく声をかけた。
 こちらから見ても、それより先に空間がある様には見えない。
 しかし中からは、何やら揉めるような男女の声がするのだ。

「いつまでもお待たせするな! 庭師の俺様がいるから、こうして楽に、安全に行けるの。さっさとしな!」
「わ、分かりましたから、お、押さないで……わっ!」  

 突如、前のめりに姿を現した人物を受け止めながら、俺は目を見開いた。
 
「昨日の……!」 
「す、すすすみませんっ、て、あああっ! ユメビシさん!?」