外より仄かに薄暗く、控えめな灯りが揺らめく広い玄関先。
 正面には上へ伸びる階段があり、ドッドッドと慌ただしく駆け下りる音が響く。
 足元から順に姿を現したのは、白い割烹着……が大変よく似合う、青年だった。
 
「はいはい、お待たせー。早かったねヨミトさん。もしかして彼が噂の?」
「噂……?」 
「そそ、だから適当に面倒見てやって。あとね彼、現代の生活に慣れてないから。大きな赤子か、若い老人が来たと思ってくれたまえ」
「ん? りょーかい」 
「それじゃ良い子にしてるんだよユメビシ。くれぐれも大人しく、無茶をしないこと」

 それじゃ、と。
 最後に不適な笑みを残し、ヨミトは音もなく出ていき、外の闇に溶けて見えなくなった。
 
 ――忍者みたいだな、あいつ。
 
 
「とりあえず、上がりなよユメビシ。俺はアリマ。短い間かもだけど、よろしくな」 
「はい、お世話になります。アリマさん」 
「くすぐったいから『さん』なんていいよ。歳同じくらいだろ? あんまり気負わなくていいからな」 
「ありが……」
 
 ふと、視界の端で何かが揺れた。
 視線を上げると、アリマの背後に続く廊下の、二つめの扉の影からだと分かった。
 差し詰め、頭隠して尻隠さずならぬ、頭隠して髪の毛隠さずと言える。
 一つに結えた髪の毛が、途中についた飾りの重さで振り子の様に、ゆらゆら見え隠れしているのだ。
 その特徴的な髪色と、丸い飾りには見覚えがある。
 
 「トキノコ……だよな?」

 名を口にすると、小柄な少女が顔を出した。
 ……鬼の様な形相で、俺を睨みつけながら。
 
「トキちゃん、ユメビシ来たよー。こっちおいで」

 大層ご立腹らしい彼女は、無言でアリマの後ろに駆け寄り、彼を盾代わりにすっぽりと隠れてしまった。
 束の間、気まずい沈黙が流れる。

(この状況は一体……?)
(トキちゃんさ、ずっと心配してたんだよユメビシのこと)

 困惑する俺に、アリマがそっと耳打ちする。
 そうか。あの崖で別れたきりだったのだ。
 お互いの安否はヨミトづてで知らされていたはず……だよな? 
 
 しかし落下する瞬間の、彼女の悲痛な叫びと表情が脳裏に蘇った。
 
「トキノコ、その……心配かけてすまなかったよ。怪我はなかったか?」
 
 恐る恐る尋ねると、短く、息を吸い込む音がした。
 
「……私、怒ってるんだから」
 
 やっと顔を上げた彼女は、瞳と声を振るわせ、そう訴えた。
 
「このお馬鹿っ……! 結果的に上手くいったけど、あんなやり方、好きじゃない」
「あぁ、ごめんな」
「無茶なことを続けると、癖になるんだから。その末路に傷つくのは、ユメビシだけじゃないこと……忘れないで」
「肝に銘じるよ」
「……はい! お説教は終わり。あの子、気絶しちゃったけど生きてるよ」
「え、気絶?」
「起きたらその元気な姿を見せてあげて。安心すると思うから」
「そうそう、その子も今ここにいるんだよ。客室で寝かせて……」 
   

 ――きゃっ!
 ――ガッタン!!

 何かが割れる音と、短い悲鳴。
 それが左手側に伸びる廊下の先から聞こえた。

「チナっ……!?」
 その呟きを皮切りに、アリマは血相を変えて走り出した。
 トキノコと共に彼を追いかけると、廊下の突き当たりにある「104号」と書かれた扉の前に行き着く。

 
「チナリどうした!? 入るからな!」 
 
 乱雑に開けた扉の先には、二人の影があった。
 もがき苦しむ者と、それを介抱する者。
 一見すれば、単純明快な構図。
 
 しかし到着した三人は、ほぼ同時に、ある異変に気がついた。
 
 それはつい先程まで気絶していた少女が目覚めたことではない。
 さらに、痛い、痛い、とベッドの上で暴れてる状況でもない。
 
 ただ一点。彼女の首元から這い出て、自由に蠢く、赤黒い蔦。
 その意味を正しく理解し、即座に反応出来たのは、二人だけだった。