なるべく正面だけを見据えながら歩みを進める。
うっかり気を抜けば、この物珍しい光景に目を奪われてしまう。
堂々と。妙な動きをしないように。
例え、作り物とは思えない、獣の耳や尻尾の生えた人間が平然と歩いていても。
店先に並んだ用途不明の品に、奇怪な置物、妖しげな文言の貼り紙があっても。
それらに目を閉じてしまえば、きっと賑やかな人里なんだろう。
……しかし、ここらを漂う空気は。
寂しい穏やかさと、優しい妖しさに満ちている。
「人と妖の共存って話だったけど、人間の姿に近い者が多いんだな」
「あぁ、それは一つの呪いみたいな物でね」
「呪い?」
「この島にいる人ならざる者は、強制的に人の姿にされてしまう。でも中身や本質が変わるわけじゃない。現に強すぎる個性を持つ者は、見た目にそれが反映されるんだ。身長や尻尾だったりね」
「それは……窮屈じゃないのか」
「まあ何かと便利なんだよ、人の姿というのは」
「ヨミトもそうなのか?」
「ん〜? さあ、どうだろう」
優男はそう微笑んで、はぐらかした。
その表情からは何も読み取ることが出来ない。
――自分のことは、話したくないのだろうか?
とにかく、俺からしたらこの非日常な光景が、ここでは常識らしい。
誰もがごく自然に、夕方の時間を和やかに過ごしている。
「なんだか平和そうな場所だな」
「いいや? そんなこともないさ。些細な事件なんてしょっちゅうだし。だから……」
途中で言葉を切ったヨミトを、何気なく見上げる。
――そこにいたのは、本当に同一人物なのか?
「飽きがこない、愉しい場所だよ」
興奮気味の口調に、少し高揚した頬、うっとりとした目元。
――悪寒がしたのだ。
けれど一度瞬きをすると、すぐにいつもの健全な優男顔に戻っていた。
ここでふと、忘れかけていたシュンセイの言葉が再び蘇る。
『いいか、ヨミトを信用し過ぎるなよ。基本的に善人面で接しやすい男だが、中身は破綻してるからな』
……初めてヨミトの深淵を垣間見た気がした。
のらりくらりと掴みどころの無い男が見せる、本能剥き出しの表情。
これが何を意味するのか、今は追求するのを憚られた。
いつしか商店街は終わりを告げ、通りのど真ん中には立派な松が聳え立ち、道を迂回するように勧めている様だった。
つまりは行き止まり。
しかしヨミトは慣れた動作で松の隣を通り抜け、さらに奥へ進んで行く。
すぐ右手側には、商店街とはまた違う系統に異彩を放つ一軒の店。
「ドグラ」とだけ書かれた看板、扉の上には一つの青いランプ。
ガラス窓越しに見えた店内は薄暗く、開店しているのかも不明だが、人影らしき影が動いている。
一体何屋なのか分からない建物を通り過ぎると、正面は行き止まり。
ただ一つ、左手側には隠されたように、人一人しか通れない幅の階段が上に伸びている。
それは三階建てほどのドグラの屋根と同じ高さで途切れ、先には緩やかな登り坂が続く。
道なりに真っ直ぐ進むと、ようやく一軒の民家が見えた。
玄関口に「傘」と書かれた暖簾がかかり、中からは暖かい灯りが漏れ出している。
「ここが傘ザクラさ。良い隠れ家だろう」
商店街の喧騒から外れた辺鄙な場所に建っているおかげで、居心地の良い静けさに包まれる。
しかし建物は勿論、その周辺にも手が行き届いており、しっかり管理されているのが伺えた。
「あぁ……それで、俺は何をすればいいんだ?」
「ユメビシには此処で待機してもらうよ」
「え、待機?」
「別に監禁するわけじゃないさ。とは言え、くれぐれも大人しくね」
「そんな、いつまで」
「準備があるからねぇ……遅くても明後日には迎えに来るから」
そう告げ、ヨミトはづかづかと中へ入ってしまう。
「おーい、誰かいるかい? ほらユメビシも、早くおいで。大丈夫。ここは一番安全だから」
暖簾を片手で支えたまま、俺を手招きする。
程なくして奥から誰かの返事が聞こえ、足音が迫ってくる。
意を決して中に一歩足を踏み入れると、優しい空気に見守られた様な……そんな気がした。