「待て待て、俺は生まれてこのかた、船には乗ったことないはずなんだ。言い方を変えると、船は苦手で乗れないんだ。どうやってここまで……てまさか、眠ってる間に輸送したのか、この外道」
「人聞きの悪い子だね。ここしばらく、船なんて使えてないよ。そんなものなくても()()()()()()()()()()からね。ユメビシも、ある意味でそこを通ったんだよ」
「…………神社って、どこにあるんだったか」
「本島だね。今でいう千葉県」
「……それがどうして、海を渡った先の島に繋がるんだよ。騙されないぞ」
「そりゃ神域で繋がってるからね。物理的に地中で繋がってる、とかではないよ」

 
 ――神域、またこの単語だ。
 最近よく聞くが、この島と密接な関わりがあるらしい。

「この島、一体どうなってるんだ。普通とか一般常識から、かけ離れ過ぎだろっ」    
「そうなんだよ! ()()()()()()()、曰く付きまくり! なんと言っても現代まで残る御伽の島だからね」
「御伽?」
「一言で表せば、幽世と現世の中立地帯を担っているのがこの瞑之島。遥か昔より、()()()()()が取り憑いているんだ。なに、気の良い怪異さ。その穏やかさ故か、何かしらの事情を抱えた人間や妖が拠り所とし繁栄。街まで出来た」
 
 ヨミトは先程と打って変わり、静かで落ち着きのある声色で語る。
 手はすでに離されていたが、この場を離れる気にはなれなかった。
 出会ってから一番の真剣な面構えなんだ。
 この話の重要性を思い知るには、充分過ぎる。
 
「とはいえ、誰でもこの島へ辿り着ける訳ではない。それなりに条件があるし、逆も然り。一度この島へ入れば、基本的に二度と外には出られない。よって、ここの住人は知らない顔には敏感だ。つまり何が言いたいかっていうとね……」 
「まさか、」
「お察しの通り。今ユメビシ一人で、自由に散策をすることは出来ないし、島からも当然出られない……ボク無しではね」
「最悪だ……」
 
 心の底から嫌だ、気が乗らない、一緒にいると疲れそう。
 そんな拒絶三拍子が出てくるくらいに絶望的な人選だった。
 その直球すぎる感情が、深く、眉間の皺となり現れたことだろう。

「まあまあ。しばらくはボクの言うことを聞いて、大人しく過ごすことだね。それが穏便に過ごすコツってやつさ」 
「致し方ない、のか……それで俺をどうする」 
「シュンセイから聞いてないっけ? 傘ザクラという宿舎で保護してもらうんだよ」 
 
 そういえば、元々そのような運びになっていた。すっかり忘れていたが。

「改めまして、ようこそ。そしておかえり、ユメビシ。季楼庵(きろうあん)はキミを歓迎するよ」 
「キロウアン?」
「島の中枢を担う組織といったところかな。ちなみにこのヨミトは、そのNo.2さ。以後お見知り置きを〜」

 そしてヨミトは、再び進み始める。
 海から生えた鳥居に背を向けた一直線上の浜辺の先。
 綺麗に舗装された緩やかな段差、もとい階段が長く上へ続いている。
 
 階段を数段登って最後に一度だけ、海を振り返った。
 相変わらず霧が立ち込めており、鳥居から先は途端に景色が曖昧になる。
 橙が溶け出した水面はどこか不気味で、御伽噺にでも出てきそうな光景だな、と。
 そんなことを思った。
 
「ユメビシー、先を急ぐよ。夜が来てしまうからね」
 
 上段で俺を呼ぶ声が聞こえる。
 手招きしながら、先の知れない場所へ誘おうとしている、妖しい男。
 それはまるで……
「神隠し、なんて」
 
「ん、何か言ったかい?」
「なんでもない、今行く」
 
 一段上がるごとに、仕舞い込んでいた鈴がコロンと鳴る。
 そんな控えめな囁きが、今は不思議と頼もしく思えたのだった。