男の後ろ姿を眺めながら、情報を整理する。
 
 この人物とは、手を失ったあの夜に出会った。
 その時も今回のように、助けて……貰った気がする。
 
 ――でも、何故だろう。何かが、ひどく胸に引っかかる。
 
 加えて姿を見た瞬間から、体が全力で拒絶してるみたいに、悪寒が止まらない。
 
 
「……確認だが、ヨミトだな? あんた」 
「うん正解。久しぶりユメビシ。相変わらず迷子になりやすいね」
「よく俺のいる場所が分かったな」
「あぁ、()()してたんだキミ達のこと。だからこうなった経緯は概ね知ってるよ」
「監視?」
「そう、例えばユメビシが救った少女とトキノコ、二人とも無事だよ。お手柄だったね」   

 ――こいつ、本当に信用していいのか?
  
「おや、まだ怒っているのかい?」
「怒りというよりも、不信感が勝るな」
「それは安心していい。ここにいる時点で、 ()()()()()()()()だよ」 
「……は、()()?」 
 

『――賭けてみようか』 
 
 
 脳裏で……声が反響する。
 これは幼少期に聞いたものじゃない。
 それなら、いつ、どこで、聞いたものだ?
 
 つい最近のようにも、気が遠くなるほど前のようにも感じる。
 あれは、確か……。
 
 
 突然、強い香りが漂ってきた。
 ――これは、磯だ。海が近いのだろうか?
 
「うん。ここまで来れば大丈夫。見てごらん、立派だろう? ここが正面玄関みたいなものでね」
 
 考え込みながら歩いていたせいか、周りの風景や足元の感触が、すっかり変わっていたことに気づけなかった。
 顔を上げて目にしたのは、霧が漂う海岸。
 天気自体は良いはずだ。雲一つない空。
 しかし、浜から少し離れた海に鎮座する、木で出来た大きな鳥居より先の景色を、拝むことは叶わない。

 ――そう、鳥居。
 とりい、……鳥居だって?
 
 鼓動が急速に速まる。
 断面的な風景画が、脳内から無理やり掘り起こされた。
 
 そこは。どこまで行っても似たような木々に囲まれた林。
 あれは。荒れた参道に、急な傾斜の階段と鞠月神社と書かれた鳥居。
 それは。整えられた境内に手水舎。
 そこに。突如として現れた男。
 
『――賭けてみようか』
 
 突き出された手に押され、体勢を崩した先に待ち構えていたのは?
 水面へ引き込む無数の手と、冷たい闇。
 
 ……その後どうなったのか。
 それだけは、一向に思い出せる気がしない。

「でも……少しづつ、思い出してきた」 
「あぁ、記憶障害出てる感じ? 大丈夫だよ、そのうち全部思い出すから」
 
 いつの間にか、自分だけそこら辺の岩に腰をかけ、得意げに言ってのけた。
 妙に優雅な手振り付きで話すものだから、少し癪に触った。
 
「誰のせいで、こうなったと思って……」 
「ま、ボクだよね。この場合」 
 
 何故こうも悪びれず、涼しい顔をしているのだろうか、こいつは。
 いっそ清々しいまでの曇りなき眼だ。
 殺人未遂のような真似をしたというのに。

「……それに、どうして断言出来るんだ。記憶が戻るなんて」
「想像の域を出ないけど、例えるなら。長い間夢を見ていて、『夢の中の自分』を『現実の自分』と認識してしまい記憶が塗り替えられた。その名残りなんじゃないかな? 夢は所詮、夢だ。仮初に過ぎない。現実での日常生活を繰り返せば、いつか思い出すだろう」
「日常生活、か……」