――どうして、こんな目に遭っているのだろう。
いつも通り、一人で母さんの墓参りに行った。
だというのに、すぐ背後に誰かが立っていて。
管理人さんかと思い振り返ってみれば……アレは、なに?
…………目が合ったのだ。多くの目玉と。
ソレは私に手を伸ばしていた。
パニックになって、訳のわからないまま走った。
音の鳴るもの物全てに怯えながら……走って、走って、走って。
果たして、何処まで逃げて来たのだろうか?
いつの間にか、全く見知らない風景の只中にいる。
あ……でも、まだ後ろから、音がする。
怖い、振り向きたくない……もっと、もっと! 距離を稼がなくては。
動け動け動け動け、もし立ち止まったら……どうなる?
――どうなってしまうんだ、私、死ぬ?
分からない……。
でも、あんな気色の悪い化け物に襲われて、最悪殺されるくらいなら。
――それなら、いっそのこと。
「ぐらっ」
それまでと異なる、足元の感触。
踏み込んだと同時に地面は崩れ、身体は宙へ投げ出される。
その時、初めて知ったのだ。自分がこの断崖絶壁向かって走っていたことに。
眼下へと広がる景色に、二重の意味で眩暈がした。
嫌だな……こんな訳わからない場所の、高所から地面に叩きつけられて死ぬなんて。
絶対痛いに決まってるじゃん。
でも万が一、あの木々達が変に緩和剤の役割を果たし、打ち所が微妙になれば?
……即死ではないかもしれない。
もがき苦し見ながら、誰にも看取られず、一人ぼっちで死ぬ……そんな大いにあり得る可能性。
「それは吐き気がする……!」
コンマ世界での脳内会議が終わり、咄嗟に手を伸ばした。
何かに掴まろうとしたが、この崖に掴まるような場所はなく。
いや冷静に考えれば、掴まったところで自分の体重を支えられるだけの腕力がない。
――ならば、どうしてまだ生きているのか?
「……っ出来れば、そっちからも握り返してくれ」
見上げると、男の子が私の手首を掴んでいた。
彼が手放さないおかげで、今も命が続いているのだと気づく。
「二人とも無事!?」
「今は……なんとか、」
「おっけー、大丈夫放さないよ。でもね!」
「え、でもなんだっ」
「無茶言う様だけど、慎重に素早く引き上げて……崩れやすいのココ!」
「善処はするが……」
「あ、あのっ!」
私はいたたまれなくなり、思わず発言する。
今もジリジリと崩落は進んでいる。顔に絶え間なく降ってくる、土や小石が良い証拠だ。
このままでは上で奮闘している二人? までも危険に晒してしまう。
見ず知らずの私に命を張ってくれる、心優しい人たちが痛い思いするのなんて……罪悪感でどうにかなってしまいそうだ。
「だから、もう……充分なので!」
「は?」
「えっ、なんで!」
「最期に助けて貰えたという思い出だけで、幸せです……ありがとうございます」
「その謎の謙虚さはなに?!」
「……っ、とにかく! 一気に引っ張り上げるぞ」
ユメビシと呼ばれた少年は、掴む力を一層強めた。
「トキノコ! 三つ数えたら、手を離れててくれ」
「え、どうして……」
「いいから、大丈夫。いくぞ、3、2、1……!」
「へっ…………」
掛け声と共に、身体がものすごい力で、引き上げられる。
というより無造作に天向けて放り投げられ、少女にキャッチされた。
「ちょっとやだ、ユメビシーーーー!!」
それは勢いある反動と引き換えに、足場を失った少年が崖下へ落ちるという、あまりに捨て身な救出方法だった。