第一茶室を後にした俺達は今、トキノコの先導で竹林の中を歩いていた。
近道だからと勧められた順路に、道という道はない。
曰く、ここは彼女達が使用する秘密の抜け道で、街がある通りに出るらしい。
その言葉を信じ、足場に注意を払い場がら、必死に小さな背中を追う。
――出発の間際、シュンセイから受けた二つの忠告。
「いいか、ヨミトを信用し過ぎるなよ。基本的に善人面で接しやすい男だが、中身は破綻してるからな」
「あいつが何を考えてるか……まあ十中八九、碌でもないことだろうが。ユメビシ、お前は自分の意思で生き方を決めろよ」
その言葉を最後に、シュンセイは奥の部屋へ引き篭もってしまい、それきり姿を現さなかった。
こうして現在、指定された『傘ザクラ』という場所に向かっている訳だが……。
――進展、しているのだろうか?
当初は第一茶室がある場所からの転落と予想したが、シュンセイの証言によって候補から外れてしまった。
あの一帯は神域で、簡単に入れないはずなのに、何故か俺という部外者が現れた。
それに心当たりがあるらしい、ヨミトという危険人物から直接話を聞くのが良い、と。
本当に信頼していいのだろうか、その人物は。
……などと考え耽っていたせいで、トキノコが立ち止まったと気づかず、追い抜かしていた。
振り返ると彼女は進路から外れて、大きな岩の物陰から、じっと何かを見つめている。
俺も屈みながら、なるべく音を立てない様、彼女の側に戻る。
「どうかしたのか?」
「ほら、あそこ。見た事ない女の子がいるの。どうしてあんな所に……」
小さな手が指し示す先に目を凝らす。
ここより更に深緑が生い茂げ、薄暗くなる竹林の更に奥。
辺りをキョロキョロと見渡し、落ち着きない動作を繰り返している人影が一つ。
やや距離も離れ、あまつさえ背景に溶け込んでいるのだ。
普通なら見落としてしまうであろう、発見しずらい異変。
「あー……よく気づいたな」
「これも仕事だからね」
――仕事、か。
あまり深く考えない様にしていたが、トキノコとシュンセイ……普通の人間じゃないよな。
姿形は人と遜色ない。でも纏っている空気が明らかに違う、勘だが。
それ以前に、そもそも目覚めてから、所謂普通の人間に会っただろうか?
……どうしよう、あの女子さえも突然襲ってくる側の存在だとしたら。
愈以て、危ない地に足を踏み入れたことになる。
しばらく挙動不審な人影の動向を見守る。
これが妙で、物陰に隠れたと思えば、おもむろに立ち上がったりを繰り返している。
そして必ず後ろを振り返る。何度も、何度も、確かめるように。
一貫して読み取れるのは、怯えと警戒。
「俺達に気づいて、ではないよな」
「うーん、その線も捨てられないけど」
「……他の何かから逃げている?」
「それが一番しっくりくるね……って、ん?」
突然人影は、俺たちが居る方角とは真逆に突き進み出していた。
「あの子マズイかも」
呟きが隣で聞こえたと同時に、トキノコは隠れていた岩の上へ飛び乗り、大きく息を吸い込んだ。
「おぉ――――い、そこの君止まってー!! その先、崖で危ないのーーーーっ!!」
トキノコの必死な訴えが相手にどう聞こえたのか。
びくりと体をすくませた直後、全力で走り出してしまった。
「わっ、なんで?! だからそっち、崖ーー!!」
「突然声掛けたから驚いたんだろ。追いかけよう、まだ間に合うかもしれない」
「え、一緒に行ってくれるの?」
「当たり前だろ。でも先導は頼んだぞ、土地勘ないからな」
「うん、うん! ありがとう、付いてきて!」