――シャン。
建物の影から姿を現したのは、面妖な装いの少女だった。
地に届くほど長い髪。
大きく「喰」と書かれた布で、隠された顔。
セーラー服を基調とした衣服は、やたら鮮やかな朱色。
そして片方の足首に巻き付いた鈴が、再びシャンと鳴く。
彼女は暫く辺りをキョロキョロとした後、一点を見つめている様に固まった。
勿論、表情どころか素顔すら分からない相手が、何処を見ているのか……正確に判断することは出来ない。
しかし明らかに、俺の方を凝視している威圧感を感じる。
「喰い姫。この第一茶室になんの用件だ? 俺なんか始末したところで、利益なぞないだろうに」
「……オ、」
彼女は高らかに声を上げた彼にではなく。
何故か俺を指差し、予想もしなかった言葉を紡いだ。
「…………オマエ、ドウシテ……アノトキ……ノ、ママ!」
――お前、どうしてあの時のまま?
そう確かに彼女は発した。
あの時とは、いつのことだろう?
当然、今の俺には身に覚えが……ない。
「何を……言って、」
「おい馬鹿! 避けろ!!」
男の叫び声で我に帰ると、喰い姫の姿が消えた。
いや、違う。首を上空に向けると人影が。
この僅かな隙を突き、彼女は高く上に跳んでいたのだ。
――××××、
「……え」
グンと間合いを詰めながら、隕石の様な勢いで降ってくる右足。
殺傷力の高い威力の蹴りを一発、真正面から受けてしまう。
ドゴンっ、という鈍い音。
続けて、バキバキ骨が砕かれる嫌な音。
紙一重のところで防衛本能が機能し、受け身が取れた。
しかし盾となった前腕は痙攣し、思うように力が入らない。
さらに元々立っていた場所から、十尺ほど後方に飛ばされており、全身から大量の冷や汗が流れ落ちる。
――あの華奢な身体の一体どこに、これほどの力があるのか?
喰い姫は俺を見据えたまま、威嚇するような低いうねり声を発している。
「……ぅ…………ぐうぅぅ……」
飛びかかる直前、俺は確かに、彼女が漏らした言葉を聞いた。
――カエシテ、と。
「俺にどうしろって言うんだ……!」
たかが一度の蹴りだけで、その怒りは収まらなかったらしい。
まだまだ余力を残した彼女は、助走をつけるような素振りを見せる。
――おいおいおい、勘弁してくれ。
次は避けきれないどころか、もう動ける自信がないぞ!
「……はぁ。あのさ、俺に用事じゃないわけ? なら他所でやってほしいもんだな」
信じられないが、そう発した男は縁側に座り、こちらを観戦していた。
さっき踏ん張り所、とか言ってなかったか?
「ぐうぅ…………」
「それに、だ。痴話喧嘩ならもっと静かにやるべきだったな喰い姫さんよ。今の騒ぎで気づかれたぞ」
ピューーーーーーーーーーーーーーー。
修羅場を切り裂くような甲高い笛の音は、目前にいる狂犬の興味を一瞬で掻っ攫っていく。
階段の方から、軽快な足取りが、ぐんぐん近づいてくる。
「おぉーい、シュンセーー! お待たせ、無事かな?」
この殺伐とした現場の雰囲気をぶち壊す、明るく、賑やかしい元気な声。
「トキノコ! 三時の方角だ、急いでくれ!」
男も威勢よく応える。まさかの増援らしい。
幸運にも、このやりとりを合図に、敵は撤退を余儀なくされたらしい。
俺には目もくれず、元来た道を引き返していった。