花が咲くような笑顔をこちらに向け、少女は走り出す。
――母親が迎えに来た、と。
この辺りは昼間だというのに薄暗く、人通りも少ない。
雑木林が陽の光を、大いに遮っているせいだ。
自分はまだ朝だと呼べる時間帯からここに滞在し、少女はそれからしばらく経った頃に現れた。
不安そうに辺りを見渡し、唯一頼れる大人は、俺しかいなかった。
少女には同情するが、頼りになるどころか、まさかの同じ迷子仲間である。
その悲しい真実を包み隠さず告げると、「お友達ができた!」と何故か大変喜ばれた。
こうして小一時間ほどの交流が始まった。
内容としては、ただの雑談である。
俺に気の利いた子守は向かないのだが、そんな不安は杞憂に終わった。
少女は見た目こそ五つか、六つといった所だが、精神的に随分と大人びていた。
聞き上手で、話し上手。
それでつい、色々と話し過ぎた気もするが……。
こちらとしても、楽しい時間を過ごせた。
最後にをせめて見送ろうと、腰を上げる。
しかし、該当する親子の姿どころか、辺りには誰もいなかった。
不思議に思い四方を見渡すと、見覚えのある物が目に入る。
俺達が座っていた場所から、少し離れた石の側。
それは少女が駆け出した方向に落ちており、弱々しく太陽の光を反射させていた。
三つの鈴が連なる小さな装飾品。
……見間違う訳がない。
今まさに俺を探しているであろう、恩師の私物。
彼女がいつも肌身離さず付けている、耳飾りだった。
そっと拾い上げ、違和感に気づいた。
今朝まではなかったであろう、鈴に付着した赤黒いシミ。
拭ってみれば、生ぬるさを帯びているのだ。
「血痕、か……?」
迫り来る胸騒ぎを押し留め、今朝方の会話を復唱する。
数刻前、師であるアサギは柄にも無く、真剣な声色で告げた。
「いいかい? もし私とはぐれてしまったら、無闇に動かずその場に留まること。けどそれが困難な状況や、日暮れまでに私と合流出来なかった場合。予定通りに鞠月神社を目指すんだ。結局、あそこが一番安全だから。ただね、ユメビシ一人では、辿り着くことが困難だろう。……それでも諦めず、あの場所に行きたいと、心から願うんだ」
――そうすれば、神社は現れるから。