城の一階は、見通しのよい大広間となっている。
左手に階段が備えられているが、目立った調度品もなく、殺伐としている。
勿論、武者と来訪者の四人以外に人影はない。
四人は辺りを頻りに見回し、首をあちこちへ向ける。武者は気にする事なく、左手の階段から上へ昇っていく。

歌織は男のすぐ後ろについて、多くを尋ねる。
「このお城には、誰が住んでいるんですか?」
「住まひ人は、居りませぬ」
「あなたは、ここには住んでいないんですか?」
「一めに申し上げたように、初めての来訪となる御仁を案内する、ただそれだけの勤めにて」
「ここに来ているのは、私たちだけじゃないんですね。他の来訪者は、どこに?」
「一遍に客人が参ることはござらぬ」

武者は、問いに答えながら早速と階段を昇っていく。
歌織の次に残る三人も追いかけるが、何階であっても変わり映えのしない内観に惑わされる。
自分たちは今、何階の階段を昇っているのだろうか。

とある階段を昇り切ったところで、伊代が問いかける。
「このお城は、何という名前なんですか?」
現代日本の現存天守はすべて踏破している伊代は、聞き覚えのある答えを期待していた。
そうすれば、この摩訶不思議で不気味な世界のことを少しでも解明できると思ったからだ。
「呼ぶとするならば、『はじまりの城』でござろう」
「はじまりの、城?」
予想外の返答に戸惑う、伊代。
「そう焦らずともよい。上階へ上がれば、すべてお話し仕る」

天守の最上階は、二十畳程度あるかと思われた。四方は木の扉で閉ざされており、閉塞感を抱かせる。
武者は、来訪者の四人が最上階まで昇り切ったことを確認すると、四人の目をしっかりと見て、語り始めた。

「急な御来訪となり、驚かれていることと存じまするが、ご容赦を。全てを語る事は禁じられておりますが、語れるとすれば、為すべき事を果たすべく、貴殿方々には力添えを頂きたいのであります」
「為すべき事?」
と、歌織は聞き慣れない言葉で、眉間に皺を寄せる。
「左様。拙者等は謂わば、助けを求むる民が為に生きる者にござる。手軽い人助けと思って、頼まれて頂ければ良い」

ボランティアだと考えれば聞こえは良いが、未知の世界へやってきて頼まれてくれ、と言われるのは中々腑に落ちない。
それにつけ、武者の貼り付けた様な笑みに、信用を見出す事は尚更納得し難いものだ。
「あなたの仕事を手伝う為だけに、私たちはここに連れて来られたってこと?」
と、歌織が不信感を顕に言う。
「拉致されて来てるようなもんだよ、私たち。そんな冗談が通じると思ってる?」

「教えてください」
と、先ほどまで歌織の陰に隠れていた伊代が、勇気を出して尋ねる。
「この世界は、何処なんですか?私たちは、もとの場所に帰れるんでしょうか?」
「失礼ながら、前者の問いには答えることは叶いませぬ。貴殿方々がこの世界で生きる為には、他者が生きる手助けをすることは禁じられております。貴殿が、貴殿の力で考え、辿り着く事です。さすれば、必ずや望む世界へ帰れましょう」

まるで、試練を受けているようだと、ふと伊代は思った。
大学院で研究している歴史上の偉人たちが、自らの宿命と向き合い道を切り拓いたように、試練の場が与えられているのかもしれない。
もしくはこれが夢で、ベッドから転げ落ちたせいで頭がおかしくなり、通常では考えられない妄想を繰り広げているのかもしれない。
伊代は再び、頬を思いっきり抓ってみるのだが、夢から覚めるどころか、その感触すら無い。

「痛みを感じられぬでしょう」
武者は、何でも悟っているかのように告げる。
「五感が麻痺し、心の臓が浮いている、まるで死人であるかのような心地をしているとお思いでしょうが、それは僅かな間のこと。直ぐに生きた心地が舞い戻りますぞ」

「出来れば早く戻って欲しい」
と、無言で聞いていた太市が呟く。
「これ以上同じ感覚だと、ちょっと・・・・戻しちゃいそう」
武者は、城に響き渡る声で高らかに笑う。
太市が無言であったのは、この間気分の悪さを何とか堪えていたからだったようだ。

「戻したくとも、この世界では戻せませぬ。良き事か悪き事かは貴殿次第だが。血を流す事や、涙を流す事、病や怪我も、この世界では有り得ぬ事にござる」
「病や、怪我がない?」
伊代は、この武者の話に疑問を抱いた。
ボロを出してしまったかのように武者は、あっと口を押さえる。

武者の話が真実であれば、この世界は何とも不思議なものだ。死んではいないけれど、生きているとも捉えられない。病や怪我をすることが無いのであれば、不老不死、不死身の体を手に入れたとも考えられるが、それはこの世界のどんな作用がそうさせているのだろうか。益々四人は悩まされ、正面の男への疑わしさを増していく。