「今日辺りが今年の見納めやろなぁ」
ちはや・杏・真緒の三人は桜のアーチの下を歩いていた。
「明日からは雨らしいですしね」
杏のレースアップシューズの下は、淡い桃色の花びらに埋め尽くされている。
「でも、一番きれいな時に見に来られた気がします!」
真緒の言葉に頷き、ちはやはスマホを出した。そして桜の木に近づくと、近づいたり遠ざかったり周囲を移動しながら撮影を始める。
「え? 人は撮らないんですか?」
「え? ゲーム作る時の資料に要るやん?」
ちはやの言葉に、杏は「ちはやさんらしい」と笑う。そして少し下がると、桜を撮影しているちはやを撮り始めた。
「ちょ、アタシのことは別に撮らんでえぇねん!」
「桜を撮影する人を描くときの資料です」
そんな二人から少し離れた場所より、パシャ、と音がする。振り返れば真緒が顔の前にかざしていたスマホを満足気に下ろしていた。
「真緒ちゃん、今撮った?」
「はい。お二人のじゃれている構図がとても良かったので」
そう言って真緒が二人に見せた画像は、確かに自然な動きやいい笑顔の上、桜の配置も完璧だった。
「アタシも二人を撮りたい。杏コはそこ立って。真緒ちはそこ!」
二人を桜の下に立たせると、ちはやは距離を取る。
「なんかえぇ感じのポーズ二人で取って」
「なんかいい感じって?」
困惑する杏。真緒は顔を伏せると両手のひらを高く上げ桜に向けた。
「じゃあ、桜に祈りを捧げるポーズにしましょう!」
「え、分かった。こう?」
「いや、イロモノに走らんでえぇねん。二人で樹を挟んで向かい合って。笑顔で桜見上げて。真緒ちは花を指差して」
指定されたポーズで撮影を終え、杏と真緒はちはやのスマホを覗き込む。
「めっちゃ演出くさいな」
「実際、完全に演出でしたしね」
「真緒ちの撮った写真みたいにはいかんなぁ」
残念そうに口を尖らせるちはやに、杏は微笑む。
「真緒ちゃんは、デザインのプロですから。でもわたし、ちはやさんのこの写真好きですよ。頑張ってコーデした全身が綺麗に映ってますし。後で送ってもらえます?」
「杏コの気配り大王!」
その時、強めの風が吹いた。淡紅色の花弁が舞い上がる。
「うわ、理想的な『桜吹雪』やな」
「えぇ、ゲームのエフェクトに使いたいくらいですねぇ」
ふとちはやと杏は、真緒がついて来ていないことに気付く。振り返れば、真緒は思案顔で何かをぶつぶつ呟いていた。やがてスマホを取り出すと、そこへ向かって話しかける。
「何やっとるんや? おーい、真緒……」
「あっ、シッです、ちはやさん」
真緒に近づこうとしたちはやの腕を、杏は掴む。
「えっ? 何なん、杏コ?」
「多分あれ、何か曲を思いついたんだと思います」
「曲?」
「前に真緒ちゃんが言っていたんです。急にメロディが頭に浮かんだ時は、忘れないうちにハミングでスマホに録音するって」
「あー、そう言えばそんな感じのこと言うとったな」
二人は、通路の端に寄って小声で録音をしている真緒を見守る。
「そうだ」
今度は杏がスマホを取り出し、地面にしゃがみ込んだ。
「何しとん?」
「今のうちにこのライトを撮影しておこうと思いまして」
杏は、桜のライトアップ用に設置された照明器具を、いろんな角度から撮っている。ひとしきり撮ると今度は伸びあがり、樹に取り付けられた提灯を撮影し始めた。
グラフィック担当やもんな、とちはやは思う。自分も絵を描いていた頃があったからわかるが、こういう資料は案外見つからないのだ。実際に現地に赴き、撮影しておくと後々役に立つ。
「あっ……」
ちはやが小さく声を漏らし、リュックの中から使い込んだメモ帳を引っ張り出す。桜の下に座り込み、ペンで何やら書き留め始めた。
「お待たせしてすみません」
真緒が二人の元へ戻って来たのは、間もなくのこと。
「いい曲は出来そう?」
「はい」
嬉しそうに微笑む真緒と共に、杏は足元へ目をやる。そこにはまだ座り込んだまま、真剣な顔つきでメモを取っているちはやの姿があった。
「ちはやさんも、何か思いついたってことですか?」
「そうみたい。あちらが一息ついたら、屋台の方に行って何か食べよう」
「ごめんごめん、すっかり夢中になってもて」
屋台広場へ向かいながら、ちはやは頭を掻く。
「桜並木見てたら、バーッとシチュエーションとセリフが浮かんできて、ちょっと忘れたくない感じやってん」
「大丈夫ですよ、真緒ちゃんが戻ってきたタイミングでしたし」
「それに、やり始めたの私でしたし」
広場へ近づくごとに、かぐわしい匂いが漂ってくる。
「わぁ、ソーセージに焼きそばに焼き鳥、クレープ! どれから行きます?」
細身にも拘らず美味しいものが大好きだという杏が目を輝かせる。
「アタシ、こういうところで食べるアレが好きやねん」
そう言ってちはやの指し示した先には、ケバブサンドの文字が見えた。
「ほんじゃ、それぞれ好きなん買って来て、ここのテーブルに集合な! 散!」
それだけ言い残し屋台に向かって走って行ったちはやに、杏と真緒は戸惑った笑いを浮かべる。
「行っちゃいましたね」
「好きなものと言われても、これだけ屋台があると目移りして。真緒ちゃんどうする?」
「私はハーブソーセージと削りいちごが気になってます」
「わたしはもう少しじっくり見たいかな。真緒ちゃんと一緒に行ってもいい?」
「おけでーす」
やや経って、三人はそれぞれ買ったものを手にテーブルに戻って来る。
「ちはやさん、それ何ですか?」
ケバブサンドに噛みつくちはやの手元には、別の肉料理が置いてある。
「ブラジルの国旗が飾ってある店で買って来た肉や」
「かかってる黄色のソースはマヨネーズ? それともマスタードですか?」
「店の人は、『黄色の辛いソース』って言うとった。マスタードやないらしい」
言いながら、ちはや肉の入ったプラスチックパックを二人の前にずいっと押し出す。
「みんなで食べよと思て」
「そんな得体の知れないものを」
若干引き気味な真緒の隣から、たおやかな手が箸を伸ばす。
「じゃあ、わたしいただきますね。……あ、美味しい!」
「黄色のソース、結局なんの味がするんですか?」
「何の味だろう。軽くピリッとはするけど……」
言いながら杏はスマホで検索する。
「ちはやさん、これでしょうか?」
出てきた画像をちはやに見せると、彼女は頷いた。
「それや! その瓶、屋台の中にあったわ」
「ペルーのソースみたいですね。アヒ・アマリージョって言うらしいです。黄色の唐辛子ですって」
「ペルーなんや、旗はブラジルやったのに。辛さは控えめやな、初めて食べる味やわ」
「真緒ちゃんも食べる?」
言いながら杏は箸で肉を一切れつまみ上げ、真緒の方へ持って行く。真緒は素直に口を開けて肉を受けると、「おいしい」と小さな声がした。
「こちらもお返しにどうぞ」
割り箸で器用に切り分けたハーブソーセージを、真緒が差し出してくる。
「うぉ、肉汁すっご!」
「気を付けて食べないと、汁が服についちゃいますね」
「わたしのは切り分けられないから、ガブッと直接いっちゃってください」
そう言いながら杏が差し出してきたのは、クレープだ。トッピングは見当たらず、シンプルなフォルムをしている。
「シュガーバターのクレープですって。これ前に評判を聞いて、一度食べたいと思ってたんですよ」
「へー、どれ……」
「いただきまーす!」
それぞれ一口ずつ齧り、目を輝かせる。
「バターの香りがいい! これすごく美味しいですね、杏さん!」
「本当に。クレープの生地と言うより、薄いスポンジケーキみたい。ふわふわ」
「シュガーバタークレープの新しい可能性を見た、って感じやな」
口をうごめかせていたちはやが、ふとなにやら思いつく。
「じゃじゃーん! 今から推し妄想プレゼンタイムです!」
「え?」
「何が始まるんです?」
「では、皆さまのお手元にある食べ物をご覧ください」
真緒はハーブソーセージ、杏はクレープに目を落とす。ちはやは割り箸をマイクに見立て、言葉を続ける。
「それを買って来て食べる、自分の推し属性の妄想ストーリーください。はい、杏コはクレープ買って来て食べる少年! 一緒に花見に来てます、どんな流れで食べますか?」
「えぇえ~っ!?」
ちはやの無茶ぶりに、杏は口をぽかんと開く。しかしさすがは同人ゲームを作って来た人間。きゅっと顔を引き締め、語り始めた。
「えっと、自分が年下ってことをちょっとコンプレックスに思ってる少年が、わたしの前では背伸びした行動をしようとするんですけど、実は甘いものが好きで、わたしも密かにそれを知っていて。私からクレープ食べようと誘ったら、内心喜びながらも少年はバターシュガーと言う一見シンプルなクレープを注文して、食べた瞬間に子どもっぽい幸せそうな顔をする。そう言うのが好きです」
「可愛い!」
「さすが、杏コ!」
真緒とちはやが拍手すると、杏はへにゃっと肩から力を抜く。
「こういうのでいいの?」
「うん。そういうの聞きたいねん。シナリオ書くときの参考に」
「参考にするなら、仕方ないですね」
「そう、仕方ない。っちゅーわけで、次は真緒ち! ハーブソーセージを食べるイケオジストーリー!」
「えぇ、やっぱり私もやるんですかぁ?」
困ったように笑いながら、真緒は口の中で「イケオジ、ソーセージ、イケオジ……」と呟く。やがて、「あ、はいっ!」と可愛らしく手を上げた。
「お父さんの部下として親しく家に出入りしてて、昔はよく遊んでくれていた人が、私が成長するごとに疎遠になってしまったんですけど、私にとってその人は初恋のまま変わらなくて。思い切って花見に誘ったらイケオジになったその人がちゃんと来てくれるんですけど、やっぱり今も私は子ども扱いされるわけで。ソーセージの脂がこぼれたと言っては口元を拭かれたり、イケオジがソーセージと一緒に美味しそうにビール飲んでるから、私も飲もうとしたら、さっと取り上げられて飲み干されてしまったり。子ども扱いはやめてください、って言ったら、『子どもなら疲れたら抱っこして連れて帰ってあげられるけど、今の君にそれをしたらお父さんに怒られちゃうからね。酔わせるわけにはいかないな』って、真意の読めない返しをされるの、もどかしいけど好きです!」
「「おぉ~っ!」」
ちはやと杏が拍手をする。
「一篇の物語になっとんなぁ」
「これだけで、シナリオ一本出来ますね」
「いいんですか、これで? ソーセージ要素薄かったですけど」
「えぇねん。大人扱いしながら最後まで手を出そうとせぇへんところに、イケのこだわりを感じた。」
ちはやは席を立とうとする。
「杏コ、真緒ち、そろそろまた桜眺めに行こか」
その服と腕を掴んで止める手が二つ。
「何や?」
「ちはやさん、まだですよね?」
「肉とマッチョで語ってくださいよ」
杏と真緒ににっこりとすごまれ、ちはやは座り直す。
「いや、これ、アタシがシナリオ書く際に、少年とイケオジの解像度上げるための遊びやからさ」
「こっちに無茶ぶりしておきながら」
「逃げたりしませんよね?」
どうやら離してもらえそうにない。ちはやも観念して語り始めた。
「戦場で軍神と呼ばれる長身でゴツムキのマッチョが、戦場から戻って来たもののまだ戦いの熱を体に帯びたままでな。興奮して血が滾って、目からも原始的なギラギラが抜けなくて。出された肉料理をまるで野獣がむさぼるように、食らいつき、咀嚼し、べろりと口の周りを舐め回す、そういうのヘキです」
「ファンタジーで来ましたか」
「シンプルだけど、ゴツムキマッチョへの思い入れが伝わってきました」
食べた後のごみを手に、三人は広場から桜並木へと向かう。
「あ、そうや。三人の合作やねんけど、毎年夏に開催しとるコンテストを目標にせぇへん?」
「コンテスト、ですか?」
ごみをゴミ箱に放り込み、真緒が振り返る。
「あっ、もしかしてあれですかね? ゲーム開発ツールのプラテオスクリプト主催の」
「杏コは知っとったか」
「割と大きなコンテストですから」
桜並木を歩き出した三人の頭上に、花弁が舞い散る。
「今からやと四ヶ月ちょい。三十分から一時間くらいでクリアできる短編やったら、いけそうな気ぃせぇへん?」
「そうですね。目標を定めた方が、だれませんし。私も賛成です」
「真緒ちゃん大丈夫? 仕事始めたばかりで大変じゃない?」
「大丈夫と思います、今から物語とキャラクターのイメージさえいただければ」
「物語は、こんな感じで行こうと思っとんねん」
ちはやの口から、ストーリーが語られる。野生動物の怪我を癒して自然に返す団体がいる。人間も実はそれと同じことを神様からされている。それが「神隠し」だと。
「いいですね!」
杏が微笑む。
「その保護してくれる神様に、筋肉とイケオジと少年がいるんですね?」
「うん。それから一応、一般受けがよさそうな正統派イケメンも入れとくけど」
「少年は正統派イケメンですよ?」
「イケオジも正統派イケメンです」
笑いながら三人は、花見の席を後にした。
ちはや・杏・真緒の三人は桜のアーチの下を歩いていた。
「明日からは雨らしいですしね」
杏のレースアップシューズの下は、淡い桃色の花びらに埋め尽くされている。
「でも、一番きれいな時に見に来られた気がします!」
真緒の言葉に頷き、ちはやはスマホを出した。そして桜の木に近づくと、近づいたり遠ざかったり周囲を移動しながら撮影を始める。
「え? 人は撮らないんですか?」
「え? ゲーム作る時の資料に要るやん?」
ちはやの言葉に、杏は「ちはやさんらしい」と笑う。そして少し下がると、桜を撮影しているちはやを撮り始めた。
「ちょ、アタシのことは別に撮らんでえぇねん!」
「桜を撮影する人を描くときの資料です」
そんな二人から少し離れた場所より、パシャ、と音がする。振り返れば真緒が顔の前にかざしていたスマホを満足気に下ろしていた。
「真緒ちゃん、今撮った?」
「はい。お二人のじゃれている構図がとても良かったので」
そう言って真緒が二人に見せた画像は、確かに自然な動きやいい笑顔の上、桜の配置も完璧だった。
「アタシも二人を撮りたい。杏コはそこ立って。真緒ちはそこ!」
二人を桜の下に立たせると、ちはやは距離を取る。
「なんかえぇ感じのポーズ二人で取って」
「なんかいい感じって?」
困惑する杏。真緒は顔を伏せると両手のひらを高く上げ桜に向けた。
「じゃあ、桜に祈りを捧げるポーズにしましょう!」
「え、分かった。こう?」
「いや、イロモノに走らんでえぇねん。二人で樹を挟んで向かい合って。笑顔で桜見上げて。真緒ちは花を指差して」
指定されたポーズで撮影を終え、杏と真緒はちはやのスマホを覗き込む。
「めっちゃ演出くさいな」
「実際、完全に演出でしたしね」
「真緒ちの撮った写真みたいにはいかんなぁ」
残念そうに口を尖らせるちはやに、杏は微笑む。
「真緒ちゃんは、デザインのプロですから。でもわたし、ちはやさんのこの写真好きですよ。頑張ってコーデした全身が綺麗に映ってますし。後で送ってもらえます?」
「杏コの気配り大王!」
その時、強めの風が吹いた。淡紅色の花弁が舞い上がる。
「うわ、理想的な『桜吹雪』やな」
「えぇ、ゲームのエフェクトに使いたいくらいですねぇ」
ふとちはやと杏は、真緒がついて来ていないことに気付く。振り返れば、真緒は思案顔で何かをぶつぶつ呟いていた。やがてスマホを取り出すと、そこへ向かって話しかける。
「何やっとるんや? おーい、真緒……」
「あっ、シッです、ちはやさん」
真緒に近づこうとしたちはやの腕を、杏は掴む。
「えっ? 何なん、杏コ?」
「多分あれ、何か曲を思いついたんだと思います」
「曲?」
「前に真緒ちゃんが言っていたんです。急にメロディが頭に浮かんだ時は、忘れないうちにハミングでスマホに録音するって」
「あー、そう言えばそんな感じのこと言うとったな」
二人は、通路の端に寄って小声で録音をしている真緒を見守る。
「そうだ」
今度は杏がスマホを取り出し、地面にしゃがみ込んだ。
「何しとん?」
「今のうちにこのライトを撮影しておこうと思いまして」
杏は、桜のライトアップ用に設置された照明器具を、いろんな角度から撮っている。ひとしきり撮ると今度は伸びあがり、樹に取り付けられた提灯を撮影し始めた。
グラフィック担当やもんな、とちはやは思う。自分も絵を描いていた頃があったからわかるが、こういう資料は案外見つからないのだ。実際に現地に赴き、撮影しておくと後々役に立つ。
「あっ……」
ちはやが小さく声を漏らし、リュックの中から使い込んだメモ帳を引っ張り出す。桜の下に座り込み、ペンで何やら書き留め始めた。
「お待たせしてすみません」
真緒が二人の元へ戻って来たのは、間もなくのこと。
「いい曲は出来そう?」
「はい」
嬉しそうに微笑む真緒と共に、杏は足元へ目をやる。そこにはまだ座り込んだまま、真剣な顔つきでメモを取っているちはやの姿があった。
「ちはやさんも、何か思いついたってことですか?」
「そうみたい。あちらが一息ついたら、屋台の方に行って何か食べよう」
「ごめんごめん、すっかり夢中になってもて」
屋台広場へ向かいながら、ちはやは頭を掻く。
「桜並木見てたら、バーッとシチュエーションとセリフが浮かんできて、ちょっと忘れたくない感じやってん」
「大丈夫ですよ、真緒ちゃんが戻ってきたタイミングでしたし」
「それに、やり始めたの私でしたし」
広場へ近づくごとに、かぐわしい匂いが漂ってくる。
「わぁ、ソーセージに焼きそばに焼き鳥、クレープ! どれから行きます?」
細身にも拘らず美味しいものが大好きだという杏が目を輝かせる。
「アタシ、こういうところで食べるアレが好きやねん」
そう言ってちはやの指し示した先には、ケバブサンドの文字が見えた。
「ほんじゃ、それぞれ好きなん買って来て、ここのテーブルに集合な! 散!」
それだけ言い残し屋台に向かって走って行ったちはやに、杏と真緒は戸惑った笑いを浮かべる。
「行っちゃいましたね」
「好きなものと言われても、これだけ屋台があると目移りして。真緒ちゃんどうする?」
「私はハーブソーセージと削りいちごが気になってます」
「わたしはもう少しじっくり見たいかな。真緒ちゃんと一緒に行ってもいい?」
「おけでーす」
やや経って、三人はそれぞれ買ったものを手にテーブルに戻って来る。
「ちはやさん、それ何ですか?」
ケバブサンドに噛みつくちはやの手元には、別の肉料理が置いてある。
「ブラジルの国旗が飾ってある店で買って来た肉や」
「かかってる黄色のソースはマヨネーズ? それともマスタードですか?」
「店の人は、『黄色の辛いソース』って言うとった。マスタードやないらしい」
言いながら、ちはや肉の入ったプラスチックパックを二人の前にずいっと押し出す。
「みんなで食べよと思て」
「そんな得体の知れないものを」
若干引き気味な真緒の隣から、たおやかな手が箸を伸ばす。
「じゃあ、わたしいただきますね。……あ、美味しい!」
「黄色のソース、結局なんの味がするんですか?」
「何の味だろう。軽くピリッとはするけど……」
言いながら杏はスマホで検索する。
「ちはやさん、これでしょうか?」
出てきた画像をちはやに見せると、彼女は頷いた。
「それや! その瓶、屋台の中にあったわ」
「ペルーのソースみたいですね。アヒ・アマリージョって言うらしいです。黄色の唐辛子ですって」
「ペルーなんや、旗はブラジルやったのに。辛さは控えめやな、初めて食べる味やわ」
「真緒ちゃんも食べる?」
言いながら杏は箸で肉を一切れつまみ上げ、真緒の方へ持って行く。真緒は素直に口を開けて肉を受けると、「おいしい」と小さな声がした。
「こちらもお返しにどうぞ」
割り箸で器用に切り分けたハーブソーセージを、真緒が差し出してくる。
「うぉ、肉汁すっご!」
「気を付けて食べないと、汁が服についちゃいますね」
「わたしのは切り分けられないから、ガブッと直接いっちゃってください」
そう言いながら杏が差し出してきたのは、クレープだ。トッピングは見当たらず、シンプルなフォルムをしている。
「シュガーバターのクレープですって。これ前に評判を聞いて、一度食べたいと思ってたんですよ」
「へー、どれ……」
「いただきまーす!」
それぞれ一口ずつ齧り、目を輝かせる。
「バターの香りがいい! これすごく美味しいですね、杏さん!」
「本当に。クレープの生地と言うより、薄いスポンジケーキみたい。ふわふわ」
「シュガーバタークレープの新しい可能性を見た、って感じやな」
口をうごめかせていたちはやが、ふとなにやら思いつく。
「じゃじゃーん! 今から推し妄想プレゼンタイムです!」
「え?」
「何が始まるんです?」
「では、皆さまのお手元にある食べ物をご覧ください」
真緒はハーブソーセージ、杏はクレープに目を落とす。ちはやは割り箸をマイクに見立て、言葉を続ける。
「それを買って来て食べる、自分の推し属性の妄想ストーリーください。はい、杏コはクレープ買って来て食べる少年! 一緒に花見に来てます、どんな流れで食べますか?」
「えぇえ~っ!?」
ちはやの無茶ぶりに、杏は口をぽかんと開く。しかしさすがは同人ゲームを作って来た人間。きゅっと顔を引き締め、語り始めた。
「えっと、自分が年下ってことをちょっとコンプレックスに思ってる少年が、わたしの前では背伸びした行動をしようとするんですけど、実は甘いものが好きで、わたしも密かにそれを知っていて。私からクレープ食べようと誘ったら、内心喜びながらも少年はバターシュガーと言う一見シンプルなクレープを注文して、食べた瞬間に子どもっぽい幸せそうな顔をする。そう言うのが好きです」
「可愛い!」
「さすが、杏コ!」
真緒とちはやが拍手すると、杏はへにゃっと肩から力を抜く。
「こういうのでいいの?」
「うん。そういうの聞きたいねん。シナリオ書くときの参考に」
「参考にするなら、仕方ないですね」
「そう、仕方ない。っちゅーわけで、次は真緒ち! ハーブソーセージを食べるイケオジストーリー!」
「えぇ、やっぱり私もやるんですかぁ?」
困ったように笑いながら、真緒は口の中で「イケオジ、ソーセージ、イケオジ……」と呟く。やがて、「あ、はいっ!」と可愛らしく手を上げた。
「お父さんの部下として親しく家に出入りしてて、昔はよく遊んでくれていた人が、私が成長するごとに疎遠になってしまったんですけど、私にとってその人は初恋のまま変わらなくて。思い切って花見に誘ったらイケオジになったその人がちゃんと来てくれるんですけど、やっぱり今も私は子ども扱いされるわけで。ソーセージの脂がこぼれたと言っては口元を拭かれたり、イケオジがソーセージと一緒に美味しそうにビール飲んでるから、私も飲もうとしたら、さっと取り上げられて飲み干されてしまったり。子ども扱いはやめてください、って言ったら、『子どもなら疲れたら抱っこして連れて帰ってあげられるけど、今の君にそれをしたらお父さんに怒られちゃうからね。酔わせるわけにはいかないな』って、真意の読めない返しをされるの、もどかしいけど好きです!」
「「おぉ~っ!」」
ちはやと杏が拍手をする。
「一篇の物語になっとんなぁ」
「これだけで、シナリオ一本出来ますね」
「いいんですか、これで? ソーセージ要素薄かったですけど」
「えぇねん。大人扱いしながら最後まで手を出そうとせぇへんところに、イケのこだわりを感じた。」
ちはやは席を立とうとする。
「杏コ、真緒ち、そろそろまた桜眺めに行こか」
その服と腕を掴んで止める手が二つ。
「何や?」
「ちはやさん、まだですよね?」
「肉とマッチョで語ってくださいよ」
杏と真緒ににっこりとすごまれ、ちはやは座り直す。
「いや、これ、アタシがシナリオ書く際に、少年とイケオジの解像度上げるための遊びやからさ」
「こっちに無茶ぶりしておきながら」
「逃げたりしませんよね?」
どうやら離してもらえそうにない。ちはやも観念して語り始めた。
「戦場で軍神と呼ばれる長身でゴツムキのマッチョが、戦場から戻って来たもののまだ戦いの熱を体に帯びたままでな。興奮して血が滾って、目からも原始的なギラギラが抜けなくて。出された肉料理をまるで野獣がむさぼるように、食らいつき、咀嚼し、べろりと口の周りを舐め回す、そういうのヘキです」
「ファンタジーで来ましたか」
「シンプルだけど、ゴツムキマッチョへの思い入れが伝わってきました」
食べた後のごみを手に、三人は広場から桜並木へと向かう。
「あ、そうや。三人の合作やねんけど、毎年夏に開催しとるコンテストを目標にせぇへん?」
「コンテスト、ですか?」
ごみをゴミ箱に放り込み、真緒が振り返る。
「あっ、もしかしてあれですかね? ゲーム開発ツールのプラテオスクリプト主催の」
「杏コは知っとったか」
「割と大きなコンテストですから」
桜並木を歩き出した三人の頭上に、花弁が舞い散る。
「今からやと四ヶ月ちょい。三十分から一時間くらいでクリアできる短編やったら、いけそうな気ぃせぇへん?」
「そうですね。目標を定めた方が、だれませんし。私も賛成です」
「真緒ちゃん大丈夫? 仕事始めたばかりで大変じゃない?」
「大丈夫と思います、今から物語とキャラクターのイメージさえいただければ」
「物語は、こんな感じで行こうと思っとんねん」
ちはやの口から、ストーリーが語られる。野生動物の怪我を癒して自然に返す団体がいる。人間も実はそれと同じことを神様からされている。それが「神隠し」だと。
「いいですね!」
杏が微笑む。
「その保護してくれる神様に、筋肉とイケオジと少年がいるんですね?」
「うん。それから一応、一般受けがよさそうな正統派イケメンも入れとくけど」
「少年は正統派イケメンですよ?」
「イケオジも正統派イケメンです」
笑いながら三人は、花見の席を後にした。