真緒:ちはやさん、就職が決まりました!
同人ゲーム制作友だちの真緒からちはやのスマホへ連絡が入ったのは、ちょうどちはやが脱稿したタイミングだった。ちはやは担当へシナリオデータを送り、チャットアプリを立ち上げる。
ちはや:マジ? おめでとう、真緒ち!
真緒:あざまーす!
ちはや:そっかー、真緒ちも社会人かぁ。まだ中学生のイメージあったわ。
真緒:何年前で止まってるんですか!
ちはやと真緒スマホを手に、互いの場所でクスクスと笑う。
真緒:でも私からしても、ちはやさんは大学出たばかりのイメージですね。
ちはや:それじゃ同い年になってまうやん。もうアラサーや、アラサー!
ネット上の知り合いとは、出会った頃のイメージで固定されてしまいがちである。
真緒:それでですね、就職先がちはやさんの住んでる場所から近いんですよ。
だから、春からは私もそっちで暮らすことになりまして。
ちはや:えー、そうなん? ご近所さんや。
真緒:そうなんです。で、これから家探しなんですけど、
治安とか環境のいい場所を教えていただければと。
環境ねぇ……、とちはやは首を捻る。
ちはや:アタシが住んでる辺りは、割とえぇ感じやで。
真緒:ですよね。
ネットで評判調べてて、ちはやさんいい場所に住んでるなぁって思いました。
ちはや:来る?
真緒:いいですね。本当にご近所さんになっちゃいますね。
ふとちはやは思いつき、にやっと笑って文字を打つ。
ちはや:いっそ、一緒に住む?
真緒:えっ?
『何を言ってるんですか。プロポーズですか?』
そんな真緒からの返信を予想してのジョークだった。しかし次に送られて来たメッセージに、ちはやは目を見開く。
真緒:いいんですか? 私としてはすっごく嬉しいですけど!
わぁい、春からちはやさんと一緒だ! やったぁ!
思ってもいなかった乗り気な返事に、ちはやは慌てて『冗談だよ』と打とうとする。だがそのタイミングで、このグループのもう一人のメンバーが入室してきた。
杏:なんか二人で楽しそうな話してる!
ちはや:わ、杏コ来た!
真緒:杏さん、今、お仕事中じゃないんですか?
杏:仕事中だけど、なんかピロンピロンと通知が来るから気になって。今、会社のトイレ。
ちはやと真緒は『大笑い』のスタンプを貼った。
杏:で、ちはやさんと真緒ちゃんが一緒に住むって話してましたよね?
えー、わたしも入れてほしい!
ちはや:いや、杏コの職場って実家の近くやん? アタシのとこからは通うん無理やろ。
杏:実はですね、この間から転職考えてるんですよ。
杏の言葉に、二人は驚く。
ちはや:この間、入社したばっかりやなかったっけ?
杏:もう三年目ですよ。
やはりネットの友人のイメージは、出会った頃で固定されがちである。
杏:でも転職先は具体的に決まってないんで、もしルームシェアするなら、
地元を離れてそっちで仕事探すのもいいかな、って。
真緒:わー、ちはやさんと杏さんと一緒なら、毎日楽しそう!
杏:ねー、絶対楽しいよね!
盛り上がる画面を前に、ちはやは今更ジョークだったと言い出せなくなる。
それに同人ゲーム制作を通じて二人と知り合ってから既に七年。幾度かオフ会で顔を合わせ、ネット越しとはいえ気心の知れた間柄となっている彼女らと過ごす日々は、とても魅力的に思えた。
ついでだが、ルームシェアをすれば一人当たりの家賃が安くなる。
ちはや:あ、そういや来年の三月までだわ。ウチのマンションの賃貸契約。
真緒:そうなんですね。
ちはや:更新すんのはやめて、二人と住めるシェアタイプの部屋探しとこっか?
その途端、画面に大喜びのスタンプが乱舞した。
杏:いいんですか? ちはやさんお仕事忙しいですよね?
ちはや:まー、時間の融通の利く仕事やし。それにこの辺に住むなら、
二人に地元から出て来てもらうより、アタシが探すのが現実的やん?
真緒:わー、助かります! それじゃ、お任せしますね。
ちはや:おけー。いいの見つけたら、二人にデータ共有する。
かくして、同人ゲーム制作者三人のルームシェアはなし崩しに決まったのだった。