定時は19時。職場は、家から徒歩15分の所にあって、買い出しをして帰っても20時前には余裕で家に着く。
 私はとあるアニメ制作会社に勤めている。そんな生活を始めて今年で早7年。
面接の際に、〝うちは交通費出ないので近くに引っ越して来ること出来ますか?〟と聞かれたのだ。
 どんな会社だよ……と当初は呆れたものだけど、今となっては昼休憩に家に帰れるし、電車での通勤がなく朝活がたくさん出来てとても良い。同じ街で一度だけ近隣騒音に悩まされて引っ越しをしていたのだが、次に住んだアパートはとても快適で、今回の引っ越しまで一度も出なかった。2回目の引っ越しは、念願のルームシェアのための引っ越しとなった。

 私と中学1年生の時からの地元の友人、三島美智子は〝お互い、30歳になっても彼氏いなかったらさルームシェアしようよ〟と話していた。こう言う約束って、大体どちらかが裏切って、叶わないのが多いと思うのだが私たちは叶えた。
互いに恋愛に使う時間などないくらい打ち込むものがあったと言うのが大きかったと思う。

 美智子は、フリーのクリエイターだ。イラスト、漫画、ロゴデザインとか何でも描ける。フリーのクリエイターだから、住む場所はどこでも良かったので私の会社がある街に引っ越して来てくれた。大変助かる。私は、会社が引っ越さない限りこの街から引っ越せないので……。
 美智子とにかく集中力がすごくて、一人でいたら食事も忘れるくらい。私には考えられないことだ。なので、買い出しはほとんど私が仕事帰りに買って帰っている。

 私は、今までずっと趣味で小説を書いていたのだが、今年ようやく公募で大賞を取り書籍化デビューを果たした。でも、先輩作家さんたちが〝仕事は辞めるな〟と言っていたので、現状維持をキープし正規の仕事をしながら夜と朝、休日に小説を書いている。デビュー前から似たような生活をしていたので、苦ではない。

「ただいまー」

 買い出しを終えて2LDKの私たちのルームシェアの家に帰って来た。
ルームシェアをする時の条件として、互いに一つずつドア付きの部屋を持つと言う約束をしていた。

 おかえりーの返事はない。いつものことなので気にはしない。

「ただいま~~」

 リビングのドアを開けて、ようやく美智子は私の存在に気が付きヘッドフォンを取ってこちらを向いた。

「おかえりーカレー作っておいたから温めて食べて―」
「ありがとー」
 
 美智子は、家から出ることはほぼない分、料理や掃除、洗濯は私がいない間にやっておいてくれる。
 私は、料理が大嫌いだったので大変ありがたい。私は、恋愛も結婚もずっと興味なかったけれど、とにかく料理をしてくれる人が欲しかった。料理以外の家事は嫌いではないのだけど、料理だけは本当に嫌だった。

 だからもう、ルームシェアをする少し前くらいからは、ほとんど自炊はしなくなっていた。節約をしないととは思っていたけれど、料理をする時間があるなら小説を書きたかったのだ。
 なので、ルームシェアをしたら基本的に毎日健康的で、美味しい美智子の料理が食べられるのが本当に嬉しくて溜まらない。
美智子が締め切りに追われている時は外食か買ってきて食べる感じになるけれど……。
 
 
 手洗いうがいをして部屋着に着替えて、カレーを温め始めた。

「美智子は食べたのー?」
「朝食べるからいいやー」
「りょー」

 美智子は、料理は作るけれど一緒に食べることは1週間の間に1、2回。基本朝にしっかり食べて昼夜は抜くタイプなのだ。
先ほども言ったが、私にはとても理解出来ない。
 私は、土日だって朝昼晩食べないとやっていけない。まあ、朝はパンだけで良いのだけど。

 だけど、このスタイルもすっかり慣れた。私たちは、ルームシェアをする前から3連休があるとよくお泊りをしていた。
 お泊りの時も基本的には、各々好きに行動していたから、その延長線上と言う感じで何で一緒に食べないんだよーとかそう言うことは思わない。私たちは、お互いにあまり干渉をしないのだがその関係がとても居心地が良いのだ。

 私は、ドラマを見るのが好きで夕飯時に撮りためているのを見ているけれど美智子は気にしない。
 一緒に見ることもないけれど、別にそれで良かった。

「美味しかったーごちそうさま!」
 
 美智子のカレーはとても美味しい。美智子は、辛いのが好きだから私の分は私用にと辛さ控えめに別に作ってくれている。
 食事を終えた私は、ソファに横になりスマホをいじりながら今日の出来事を美智子に話した。

「今日の仕事、煩い人たちが皆休みでさ快適だったよー」
「良かったねー」
「ほんとさ、何でずっとしゃべってられるのか分からないよねー」
「だねー私たちは黙ってやってるからねー」
「そーそーあ~~~早くリモートで仕事したーい!」
 
 書籍化デビューを果たした際に、これからは小説家と兼業していくから出来ればリモートで仕事をしたいと言うことを上司に伝えた。
 そうしたら、渋られて〝来年から出良い?〟と言われたのだ。
 私なんて基本、1人で黙々と仕事をしていて仕事中も1日声を発さない時だってあって、いてもいなくても変わらないような気がするのに何故渋られるのか分からない。だけど、来年からは良いと言われたので渋々今年は頑張ることにした。

「早く来年になると良いねー」
「ほんとだよーリモートになったらさ、美智子のアシスタントも始めるからね!」
「めっちゃ助かるー」
「今年のボーナスでペンタブ買うから!」

 小説に書くことに専念し始めてから物欲が無くなっていて、今欲しい物はペンタブくらいだった。
 
  ルームシェアをする前、美智子の漫画家としての仕事が安定してきたからアシスタントのバイトする? と誘ってくれたのだ。
それは、とても魅力的な誘いで私はやる! と即座に返事をした。
 いつかは、美智子のアシスタントをやりながら自分の作品を書いて生活をしていけたら一番良いなと思っている。
 それは、いつになるのか分からないけれど、とにかく今はずっと続けている正規の仕事を頑張ってお金を貯めておく。
私の仕事は、辞めるタイミングがとても難しい仕事で3か月後とかに辞められる内容ではなかった。
 受け持っているものが完全終了するまでは、途中で投げ出したくはない。途中でいなくなる人もとても多い職場だけれど……。
私は、そうはなりたくなくてと思っていたら、次から次へと先の話しが舞い込んできてなかなか辞められずにいる。

「今日は、もう眠いから寝るねー明日早起きするー」
「んーわたしは、もう少しやってから寝るー」
「おーけー。んじゃ、おやすみー」
「おやすみ~」

 寝る時間も毎日、お互いバラバラだ。

 違う仕事をしている訳だから、そうなることは分かっていたので、部屋を決める際、2部屋ある場所に決めたのだ。
 2部屋あればお互いに生活時間がバラバラでも迷惑はかけない。まあ、私たちはお泊りの時から互いの音で寝られないとか起きちゃうとかそう言う問題が発生したことがなかったけれど。私は、夜中にお手洗いに目が覚めてしまうことが多いのだけど美智子はその音で目が覚めることないと言っていた。

 美智子は、自分のいびきが煩いことを気にしていたけれど、私は気になったことがない。1つお泊りの時に問題だったのは、私が暗い所で寝るのが苦手で、電気を少し明るめにして寝させてもらわないといけないと言うのがあったけれど、それは1人暮らしで暗い所で寝るのが怖かったからと言う理由が大きかった。なので、2人でならば暗くても問題はない。でも、美智子は優しいので完全真っ暗にして寝ることはなかった。そう言うのも、2部屋あればお互い好きな明るさや温度で眠れるのでやはり、2部屋あることに越したことはない。

 ――次の日

 至福の土日がやってきた。ここ最近、職場が本当に煩すぎてストレスになっているから、職場に行かなくて良い土日は本当に最高だ。宣言通り早起きをして7時前には起きた。
 顔を洗い、リビングへ行くとまだ美智子は起きていないようだ。昨日は結局何時まで仕事をしていたのだろうか……。

 私は朝食の準備を始めた。キッチンに置いてあるウォーターサーバーで紅茶を淹れて、パンを焼くだけだけれど。このウォーターサーバーは私が1人暮らしをしている時からお世話になっている物だ。あるととても便利でもう今更ない生活など出来ない。パパッと温かいお茶も水も飲めて最高に良い。ルームシェアの家にも継続して持ってきたら、美智子もすっかりはまってくれた。
 

 私が朝食を食べ終えて、さぁ書くか―とPCを広げ始めた頃に美智子は起きて来た。

「おはよー」
「おはよ~」

 緩い挨拶を交わしながら、美智子は冷凍ご飯をチンしてカレーを温め始めた。
朝からよくそんなに食べられるなーと私はいつも感心している。

 私は、美智子がカレーを食べている横でキャラクターを練り始めた。私は、女子キャラクターを書くのが苦手なのだけど、今回は女子が多めの作品にしようと思っている。男2人、女3人の予定だ。

「わたし、みなみが書く嫌な感じのキャラ見て見たいなー」
「嫌な感じのキャラか~確かに、私の作品今まであんまりいなかったもんね。前に書いたのは親だったし」
「そーそーメインで嫌な感じのキャラ見たい。親たちのキャラすごい良かったからさー」
「頑張ってみるか―」

 いつも何となく似たり寄ったりなキャラクターになってしまいがちだから、今回は普段書かないタイプも入れてみよう。これからは色々とやってこなかったことに挑戦してみたいと思っていた。

「ごちそうさまーわたしも集中してやるか―」

 お皿を片付けて、飲み物の準備をして美智子もPCを広げた。美智子は現在、漫画のネーム中だ。

 私たちは、互いに集中をし始めると本当に無言になる。私は、音楽を聞きながら作業をすることが出来ないので、カチカチと時計の針が刻む音や外を歩く人の声や犬の泣き声、車の音……そう言うのしか聞こえなくなって、本当に素晴らしい空間だと実感する。職場もこうであったら良いのにな……。

 しばらく、集中して互いに創作活動をしていた。私は、時々コーヒーを淹れたりお菓子を摘まんだり、疲れたらソファに横になったりしているのだが、美智子は本当にお手洗い以外に立ち上がらない。すごすぎる……。

 お腹空いたな……ふと時計を見れば12時を過ぎていた。私の腹時計は正確すぎる。
一般的なルームシェアだと、ここで〝美智子―ご飯にしようよー〟とか誘うのだろうけど、私たちにはそれはない。

 私は大きく伸びをして、キッチンへ向かった。昨日買いためておいたカップラーメンの準備を始めた。
昼は適当で良い。ちょっと、カップラーメンだけだと物足りないから、ご飯も温めて食べよう。
 
 美智子がヘッドフォンをしている時は、よっぽどのことがない限り話しかけないようにはしているが、美智子が立ち上がったタイミングで私は「午後、どこかで散歩行かない? 天気良いしさー」と誘ってみた。

 こう言う誘いはたまにする。私たちは、下手するとずっと家の中にいて1日太陽を浴びない、なんてことも珍しくはないのだ。だけど、それは良くないと私は思っている。散歩出なくてもベランダに出るとかそのくらいだけでもしようと心がけている。

 ルームシェアの部屋決めの際、もう1つ重視したのが、ちゃんとベランダがあるアパートだ。私が初めてこの街に来た時に住んでいたアパートは、ベランダがなかった。そう言う所に住むのは辞めようと前々から話していた。結果、キャンプ用の机と椅子が置けるくらいの広さのベランダがある家に住んでいる。
 でも、今日は散歩に出掛けたい気分だった。天気も良いし。

「良いよ。わたしも少しは歩かないとやばいなーって思ってたから。ちょうど、切りが良いから今からどう?」
「良いよ! じゃあ、いつもの所歩こ~」
「おっけー」
 
 私たちの家から徒歩10分ほどの場所に、緑が綺麗な川沿いの散歩道があるのだ。散歩道が全て木で覆われているから暑い日でもその中に入ると涼しく感じる。とても心地の良い場所で、私は度々自作品の舞台として扱ってしまうくらいには好きな場所だ。

「やっぱここに来ると気持ちがすっきりするねー」
 
 美智子はそう言いながら、珍しく私の先を歩いた。美智子と歩く時、大抵私の方が歩くのが早いから、こんな光景はなかなか見れない。

「嫌なことでもあったー?」
「もうね、嫌なことばっかりだよ―頼むから、みなみはセリフは短く書くのを心がけてね」

 どうやら、美智子は現在ネーム作業をしながら原作のどのセリフを削るか悩んでいるらしい。

「どのセリフも大事なのは分かるからさー削るのも心苦しいけど、漫画で全てを入れる訳にはいかないからさー」
「なるほどねー。それ、アニメも一緒だよ。いつもシナリオ会議の時、このセリフは削っても良いんじゃないか、いやそれ削ったら伝わらないよってずっとやってる」
「でしょー。難しいよねー」

 小説を漫画にしたり、漫画をアニメ化したりする際に原作そのままに出来ないのはどうしても起こり得ること。その時、いかに原作で伝えたいことを読者に伝わるようにセリフを選ぶかと言うのはとても大事だ。

「私は、基本的に3行以上セリフ続かないようには心がけてるよ~なんか、3行以上続くと長い! ってなっちゃっていったん地の文入れたくなるんだよねー」
「その方が良いよ~」

 そんな会話をしながら、私たちは散歩を続けた。

「あ、ここ舞台に使った場所だね」
「そーそー。懐かしーもう3年前だよね。私の初めての長編小説」
「そーだよ。あれから、みなみ随分変わったよねー」
 
 3年前、私たちは初めて一緒に作品作りをした。私が本文を書いて美智子が表紙デザインと挿絵を描いてくれたライトノベル。
それが、私の初めての長編小説だ。本文のプロットやキャラづくりは、美智子と一緒に行った。
 誰かと一緒に作品を作ると言うのをしたのは初めてだったから、衝突もあったけどとても良い時間だった。

「変わったねーあの作品書いた後と前では全然違うよ。そもそも私は、短編小説家になりたいと思って書き始めたのに、すっかり長編病にかかってるよ!」

 美智子と創作をするまでは、短編を書いていた。だけど、美智子とライトノベルを出してからは、個人制作でも長編を書くようになった。長編を書く楽しさを知ってしまったのだ。

「あはは~そう言えばそうだったねー」
「すっかり美智子に影響されてデビュー出来たから、ほんとに感謝してるんだよー」
「みなみがずっと書き続けてきた結果だよ~」

 本当に、小説家になれるなんてちょっと前までは思いもしなかった。趣味で書いて美智子とか他の友人たちに読んでもらって、時々同人誌を作れればそれで良いなと思っていたのに。

 私が、小説家になりたい! と本気で思い始めたのは去年、初めて大きな賞で一次先行を通ったことがきっかけだった。私の作品って、一次通るくらいには読める物なんだって知ったら、もっと上を目指したい! 小説家になりたい! って本気で思うようになった。それからは、たくさん公募に出して長編を生み出していった。

「いつかさー私たちの作品が、鎌倉文学館の地元の作家コーナーに置かれると良いよね。そのくらい有名になりたい!」
「そうだね! あそこに並べられたら最高だな~~」

 私たちの地元は、神奈川県で鎌倉に近い横浜市に住んでいた。
鎌倉文学館には、地元の作家の作品を置いてあるコーナーがあって、私はずっとそこに自分の作品が置かれることを夢見ている。

「たくさん太陽浴びたし帰って書くかー」

 私は大きく伸びをした。

「わたしも、今日こそネーム終わらせるぞ~~」
「じゃあ、私はメインキャラの設定を全部固めるまで寝ない!」
「良いね~お互い頑張ろう!」
「がんばろー」

 帰りにサブウェイを買った。サブウェイは美智子の大好物だ。最近、歩いて行ける距離にサブウェイが出来たので、頻繁にお世話になっている。サブウェイがなければ美智子はもっと外に出なかったかもしれないから、感謝している。
 私は、美智子と数年前とあるイベントの帰りにサブウェイを食べるまでそこまで興味はなかったのだけど、あの日以来すっかりはまり、1人暮らし中も時々買っていた。安くて、健康的で良い。

 サブウェイを食べている時の美智子は、1番テンションが高い。

 家に帰って、サブウェイを食べたら私たちはまた無言になる。

 
  だけど、この空間がとても心地よくて大好きだ。

                                  了