夕方。
百花のカフェではお爺さんが二人、囲碁を打っていた。
二人とも珈琲と囲碁が好きで、週に数回カフェにやってきては対局をしつつ珈琲の味と香りを楽しんでくれる、常連さんだ。
何なら珈琲をお代わりしてくれるし、負けた方が勝った方にケーキを奢ったりもしている。お茶目な二人だ。
カフェを始めた当初、百花は人が来ないことを覚悟していた。
百花はふと、その頃のことを思い出した。
オシャレなカフェをやってみたくて、けれども都内でやるには家賃が高すぎる。
他に数多にあるカフェに埋もれて、誰も来てくれないかもしれない。
それに、年齢的にもカフェをやりたいという夢を追うよりも、結婚をすべきかもしれない。
今から二年前の三十歳の頃にそう思った百花は、小学生時代からの親友である有紗に何気なく相談してみた。
「カフェをやりたいんだけど、私たちもう三十でしょう? 結婚のこと考えた方が良いのかな」
有紗に相談してみた理由はひとつ。
彼女は好きなことを仕事にしていたからだった。
「好きなことを仕事にしても、それが望む展開になるかは分からないよ?」
「どういうこと?」
「私はゲームが好きだから、と言う理由でゲーム会社に就職したんだけど」
「うん」
好きなことを仕事にしている有紗は、百花からしてみればキラキラして見えたのだ。
「上のやりたいことはしょっちゅう変わるし、今までやっていたことがひっくり返ってダメになることが良くある、そのクセ締め切りは伸びない」
「……」
「みんなが外から見て憧れる職業の内情って、実は泥臭いんだと思うんだよね」
それは、有紗を見ていても確かにそう思う。
彼女はキラキラしていると同時に、非常に疲れている。
会うたびに、疲れた、癒されたい、もふもふを所望するだのなんだのぼやくので、その頃まだ実家暮らしだった百花は部屋に招いてトロロと手作りのケーキを提供していた。
「たぶん、カフェ経営もそうだと思うよ」
「有紗的には結婚した方が良いと思う?」
「んー。状況次第じゃないかなあ」
「状況?」
「結婚しちゃったら、やりたいことは出来なくなっちゃうかもしれないでしょう?」
「そうだね。出来るかもしれないけど、確実じゃない」
だから百花は有紗に相談してみたのだ。
「もしやりたいのであれば、いま経済的に条件を満たしていて」
「……うん」
「美味しいと言ってもらえるくらいに実力があって。……あ、これ美味しいよね」
「う、うん。ありがとう?」
「そして最後に、覚悟があるのかどうか」
「覚悟……」
「本当にそれが自分のやりたいことなのか、迷いがないかってこと。やる気と、失敗するかもしれない覚悟……あと、嫌いになるかもしれない覚悟もあるかどうか、ね」
「……」
「それらが満たされているなら、チャレンジしてみる価値はあるんじゃないかな?」
確かに、有紗の言う通りだ……と百花は思った。
経済的に問題があるなら、カフェの仕入れや家賃がままならなくなる。それに、借金をすれば後に響いてしまう。
美味しいと言ってもらえないカフェには、客は来ないだろう。
それに、成功の可能性しか考えずに突っ走っていれば、失敗した時に絶対に躓く。
カフェを諦めた後にも、絶対に影響するだろう。
失敗すれば、好きだったお菓子作りやお茶まで、嫌いになってしまうかもしれない。
そんなの、寂しすぎる。
「それで、そのあとを結婚考えてみれば? 成功すればカフェを認めてくれる人を探すことになるし、失敗しても条件を満たしていれば痛手にはならないはずだから」
有紗は言い終わると、残りの百花お手製ケーキをパクリと平らげた。
「そっか……。好きなことを選んだあとに結婚する、そういう選択肢も、ある……よね」
「結婚出来るかも分からないしね。一番重要なのは、モモ自身の気持ちと良く相談することだよ。あくまでも、これは私ならこうしたい、と言うだけの話だから」
「うん。分かってる。ちゃんと自分で考えてみるよ」
「うん。頑張れ。応援だけはしてるから」
「協力はしてくれないんだ?」
「だってカフェなんて、素人の私が協力できることないじゃん」
「たしかに」
有紗の言葉で、百花はやりたいことに前向きに取り組もうと思った。
もしかしたら、結婚する前の今しかできないことかもしれないから。
「でもさ、結婚したいの?」
ケーキを食べ終わった有紗が、トロロに抱きついて問いかけた。
「……ううん。今のところ、特には」
「じゃあまだ結婚のこと前向きに考えなくて良くない?」
「それもそうかも?」
「わん!」
百花のカフェではお爺さんが二人、囲碁を打っていた。
二人とも珈琲と囲碁が好きで、週に数回カフェにやってきては対局をしつつ珈琲の味と香りを楽しんでくれる、常連さんだ。
何なら珈琲をお代わりしてくれるし、負けた方が勝った方にケーキを奢ったりもしている。お茶目な二人だ。
カフェを始めた当初、百花は人が来ないことを覚悟していた。
百花はふと、その頃のことを思い出した。
オシャレなカフェをやってみたくて、けれども都内でやるには家賃が高すぎる。
他に数多にあるカフェに埋もれて、誰も来てくれないかもしれない。
それに、年齢的にもカフェをやりたいという夢を追うよりも、結婚をすべきかもしれない。
今から二年前の三十歳の頃にそう思った百花は、小学生時代からの親友である有紗に何気なく相談してみた。
「カフェをやりたいんだけど、私たちもう三十でしょう? 結婚のこと考えた方が良いのかな」
有紗に相談してみた理由はひとつ。
彼女は好きなことを仕事にしていたからだった。
「好きなことを仕事にしても、それが望む展開になるかは分からないよ?」
「どういうこと?」
「私はゲームが好きだから、と言う理由でゲーム会社に就職したんだけど」
「うん」
好きなことを仕事にしている有紗は、百花からしてみればキラキラして見えたのだ。
「上のやりたいことはしょっちゅう変わるし、今までやっていたことがひっくり返ってダメになることが良くある、そのクセ締め切りは伸びない」
「……」
「みんなが外から見て憧れる職業の内情って、実は泥臭いんだと思うんだよね」
それは、有紗を見ていても確かにそう思う。
彼女はキラキラしていると同時に、非常に疲れている。
会うたびに、疲れた、癒されたい、もふもふを所望するだのなんだのぼやくので、その頃まだ実家暮らしだった百花は部屋に招いてトロロと手作りのケーキを提供していた。
「たぶん、カフェ経営もそうだと思うよ」
「有紗的には結婚した方が良いと思う?」
「んー。状況次第じゃないかなあ」
「状況?」
「結婚しちゃったら、やりたいことは出来なくなっちゃうかもしれないでしょう?」
「そうだね。出来るかもしれないけど、確実じゃない」
だから百花は有紗に相談してみたのだ。
「もしやりたいのであれば、いま経済的に条件を満たしていて」
「……うん」
「美味しいと言ってもらえるくらいに実力があって。……あ、これ美味しいよね」
「う、うん。ありがとう?」
「そして最後に、覚悟があるのかどうか」
「覚悟……」
「本当にそれが自分のやりたいことなのか、迷いがないかってこと。やる気と、失敗するかもしれない覚悟……あと、嫌いになるかもしれない覚悟もあるかどうか、ね」
「……」
「それらが満たされているなら、チャレンジしてみる価値はあるんじゃないかな?」
確かに、有紗の言う通りだ……と百花は思った。
経済的に問題があるなら、カフェの仕入れや家賃がままならなくなる。それに、借金をすれば後に響いてしまう。
美味しいと言ってもらえないカフェには、客は来ないだろう。
それに、成功の可能性しか考えずに突っ走っていれば、失敗した時に絶対に躓く。
カフェを諦めた後にも、絶対に影響するだろう。
失敗すれば、好きだったお菓子作りやお茶まで、嫌いになってしまうかもしれない。
そんなの、寂しすぎる。
「それで、そのあとを結婚考えてみれば? 成功すればカフェを認めてくれる人を探すことになるし、失敗しても条件を満たしていれば痛手にはならないはずだから」
有紗は言い終わると、残りの百花お手製ケーキをパクリと平らげた。
「そっか……。好きなことを選んだあとに結婚する、そういう選択肢も、ある……よね」
「結婚出来るかも分からないしね。一番重要なのは、モモ自身の気持ちと良く相談することだよ。あくまでも、これは私ならこうしたい、と言うだけの話だから」
「うん。分かってる。ちゃんと自分で考えてみるよ」
「うん。頑張れ。応援だけはしてるから」
「協力はしてくれないんだ?」
「だってカフェなんて、素人の私が協力できることないじゃん」
「たしかに」
有紗の言葉で、百花はやりたいことに前向きに取り組もうと思った。
もしかしたら、結婚する前の今しかできないことかもしれないから。
「でもさ、結婚したいの?」
ケーキを食べ終わった有紗が、トロロに抱きついて問いかけた。
「……ううん。今のところ、特には」
「じゃあまだ結婚のこと前向きに考えなくて良くない?」
「それもそうかも?」
「わん!」