朝六時半。
 通勤の準備を済ませた有紗が、現代では珍しい引き戸の玄関をバックに、空を見上げて遠い目をして呟いた。
 ふたりがシェアハウスをしている家は、いわゆる昭和の家だ。

「いい天気だねえ」
「わん!」

 その隣には、「散歩に連れてけ!」と言いたげなトロロがお座りしており、百花が首輪を持って玄関に現れた。

「今日のお昼頃に、弊社にメテオフォールが降るでしょう~」
「そんなもの降るわけないじゃん。しかも会社に」
「それがよく降るんだなぁ……。忙しいときに限ってさ」

 有紗は自転車に跨って、百花とトロロに手を振った。

「じゃあ行ってきます~! モモも仕事無理しすぎずにね!」
「行ってらっしゃい!」

 有紗を見送った百花は、トロロに首輪を装着して立ち上がった。

「私たちも、お手伝いに行きますか」
「わん!」

 百花の自宅は、若干の民家と畑に囲まれている。
 トロロのリードを握りしめて少し歩くと、青々とした稲が並ぶ田んぼが姿を現した。
 小さな川が流れる場所まで辿り着くと、トロロがその川沿いを勢いよく走り出そうとする。

「わわっ! ちょっとトロロ! 待って!」

 半ばトロロに引っ張られながら、百花は目的地であるトマト畑に到着した。
 畑の隣にある柵に囲まれた空き地では、ゴールデンレトリバーが気ままに過ごしている。
 百花が空き地でトロロの首輪を外すと、トロロも楽しそうに駆け回り始めた。
 ここは百花や近所の農家の家族たちが早朝の畑仕事をしている間に、飼い犬たちが遊ぶ憩いの場だ。

「おはよう、モモちゃん」
「おはようございます」
「トロロちゃんも今日も元気だねえ」

 百花は隣の畑に向かい、農作業をしていた老婆と挨拶する。

「今日もお手伝いお願いね」
「はい。カフェもあるのであまり長時間お手伝いできず、すみません……」
「いいのよう。あたしたちも普段カフェでお喋りさせてもらっているんだから」

 百花は早朝は近所の農家の手伝いを、午後になるとカフェの営業をしている。

「さあ、収穫しちゃいましょうかねえ」
「はい!」
「わん!」

 畑で張り切る百花の後ろで、トロロも元気よく鳴いた。