「はぁぁぁ……。交際を断りたいけど全然うまくいかない……。向こうのペースに巻き込まれちゃうというか、いつもタイミングが悪いというか……」

 ――翌日の校舎二階の渡り廊下を歩いている最中。
 教科書とノートを胸に抱えたままみすずに愚痴をこぼしていた。

 藍は嫌な人ではないけど好きな人でもない。
 現状のままだと更に断りにくくなるような気がする。
 ふてくされていると、みすずは言った。

「そのまま付き合ってみて相性が悪かったら別れればいいんじゃない?」
「えっ! 無理だよ、無理無理! 藍と恋人なんて……」

 右手をヒラヒラと振って反論する。
 みすずはいつもひとごとだ。
 好きな人への告白が空振りで、接点のない人に告白されたと勘違いされて、交際することになって、それがクラス中に知れ渡って、苦労している私のことなんか……。

「どうして?」
「だって、人生初彼氏だよ? 好きな人ならまだしも、藍のことをよく知らないのに」
「だからこそ見極めるのよ。どうしても無理だったら断ればいいだけだし。そうすれば、ちゃんとした別れの理由になるでしょ?」
「そうだけど……。乗り気にはなれないよ。まだ梶くんへの失恋の傷が深いというか……」
「失恋を考える時間が減れば少しは楽になると思うな。…………あ! ねぇ、外見て」

 みすずは一旦足を止めて窓ガラスの方に指を向けた。
 つられて外に目を向けると、そこには藍と違うクラスの女子が二人きりで話している。

「あれって告白じゃない? うわぁぁ。女子の顔真っ赤」
「みすずの考えすぎだって!」
「いや、マジっぽい雰囲気だよ。見てみ」

 窓枠に手をかけていたら少しだけ会話が聞こえてきたので、みすずと同時に耳をすます。

「ごめん……。俺さ、あやかと付き合い始めたばかりだから君とは付き合えないよ」
「石垣くんが好きじゃないなら断っちゃえばいいじゃない。私、美坂さんより石垣くんのことを好き! それだけは自信あるの!」

 彼女のプッシュは強い。
 きっと藍のことが本気で好きなんだろう。
 しかし、彼は表情は変わらない。
 
「俺は世界で一番あやかが好きだけど?」
「……え」
「正義感が強くて、優しくて、かわいくて。それに、あいつを悲しませることをしたくないから、この話はここでおしまいにするね」
「石垣くんっ……。待って!」
「ごめんね」

 藍はこれ以上話す気がないような様子で場を離れていった。
 すると、みすずは藍の背中を見たままつぶやく。

「石垣くんって凄いね。あやかに本気なのがこっちまで伝わってくるよ」
「……」
「あそこまでキッパリ言いきってくれると逆に清々しいと言うか」

 浅はかな気持ちで付き合い始めた私とは対照的な彼。
 私が見ていないところでもしっかり想ってくれている。
 そのせいで心の傷がえぐれていく。

 校舎に入っていく彼を見つめていると、後ろから誰かに肩をポンっと叩かれた。
 振り返るとそこにはクラスメイトの石橋くんと意中の相手の梶くんの姿が。

「お前の彼氏モテモテじゃん。フラれた子、学年イチ美人の金井さんだよね」
「……っ!!」
「なぁんか、かっけぇ〜な。あそこまでお前が好きだときっぱり言いきると」
「うん! 私もそう思う!」
「もうっ、みすずまで。冷やかしはやめてよ〜〜っっ!!」

 梶くんは口を出さなかったけど、石橋くんがニヤケ眼でそう言った瞬間、失恋に追い打ちを食らったような気分になった。