――それから私たちは連絡を取りながらそれぞれの生活を続けた。
夏休み明け、空っぽになった彼の座席。
付き合う前までは気に留めなかったけど、いまは何度も見返してしまう。
1か月前までは当たり前のようにそこから微笑みかけてくれたから。
いまではあの頃が夢だったのではと思うくらい空虚感に襲われている。
寂しくなった時はラムネを口の中に放り込む。
そうすれば、彼がラムネをくれた日のことを思い出せるから。
最後はクラスメイトへの挨拶がなかったせいか、夏休み明けは噂話が絶えなかったけど、カレンダーの日付が進む度に風化していった。
「寂しい時は素直に寂しいって言っていいんだよ! 藍はいなくても私がいるんだからね」
心強い言葉をかけ続けてくれたひまりちゃんは肌寒くなった頃にオーストラリアへ。
婚約破棄の際は、お披露目の直後だっただけに大変な想いをしたらしい。
でも、最後まで後悔してないと言い張ってた。
そんな強さが羨ましい。
きっと、いまはオーストラリアで藍と一緒に私の話題で盛り上がってるのかもしれない。
たとえ住む世界が違ったとしても、彼女はこれからもずっと親友だ。
みすずは夏休み中に坂巻くんとうまくいって毎日のろけ話ばかり。
羨ましすぎて、藍と付き合ってる頃にもっとしっかり見ていればよかったなぁ〜、なんて後悔したりして。
そんな私はいま、いつか藍の恋人として色んな人に認めてもらえるように勉強を頑張っている。
朝から晩まで机に向かう日々。
その隙間に彼からもらったオルゴールで心を癒やす。
メロディを聞いてるだけで彼が傍にいてくれるような気持ちになるから頑張れるのかもしれない。
その甲斐あって、見事に第一志望の大学に合格。
嬉しくて藍にメッセージを送った。
”おめでとう”って返事が返ってきたけど……。
私たちの時計はあの日に止まったまま。
まだ一度も会えていない。
送られてくる画像を見るたびに恋しさが募っていくばかり。
――そして、高校の卒業式を迎えた。
藍との思い出は最初の4ヶ月間……ううん、実際は3週間だけ。
だったそれだけでも、感情が大きく動かされた時期でもあった。
卒業証書を手に友達との別れ。
散々泣き腫らした後にみすずと二人で最後の門をくぐった。
すると、その先には……。
「あやか、卒業おめでとう」
高校の制服姿で登場した藍があじさいの花束を抱えながら私を待っていた。
会えない間にずいぶん大人びている。
私は彼の姿が視界に入った途端、ブワッと涙腺が緩んで手荷物を床にドサッと落とした。
「藍……、どうして…………」
「去年の12月にオーストラリアの学校を卒業したんだけど、色々あって帰国がこの時期になった。会いに来るのが遅くなってごめん」
「……っ、ううん!! 藍のこと、ずっとずっと待ってた。会いたかったよ……」
「俺も……。日本の大学へ通うことになったから、これからは毎日会いに来るよ。あやかのことが世界一好きな男としてね」
彼の方へ駆け寄って首の後ろに手を回すと、彼は私を抱きしめた。
久しぶりの彼の香りに鼓動が大きく波打っている。
自分でも実感するくらいこれが恋だと証明できる。
――御曹司と一般人の恋。
無縁から始まった私たちは数々の問題を乗り越えて、今日から恋愛二幕目を迎える。
これが一生に一度きりの恋ならば……。
これから二人の間にどんな障害が立ちはだかったとしても、きっと乗り越えて行けるだろう。
【完】