――時刻は19時58分。
場所は成田空港。
あれから私は稟ちゃんの側近が運転する高級車に乗せてもらい送り届けてもらった。
目的は、自分の気持ちを大切にするため。
車中でみすずに電話して昼間の件を謝った。
ラブレターを入れ替えた件については許せないけど、藍と縁を繋いでくれたのは彼女だから。
あの時ラブレターを入れ替えなければ、藍の想いを知ることがなかったよ。
オーストラリア行きの便の出発時刻まで残り2時間。
藍にも何度か電話をかけたけど、電源が切られていて繋がらない。
しかし、チェックインカウンター付近にいれば会えると思ってそこを目指した。
ところが、あと一歩というところで見覚えのある顔が私に近づいてくる。
「ひまりちゃん……。どうしてここに……」
「藍がオーストラリアに帰るから見送りに来たの。あやかちゃんはどうしてここに?」
「……」
本来なら藍と二人きりで話す予定が、思わぬ障害が行く手をはばむ。
「もしかして、藍に会いに来たの?」
「藍に伝えなきゃいけないことがあるから……」
「その伝えなきゃいけないことってなぁに?」
「えっ」
「婚約者の私が傍にいても言えること? それとも言えないこと?」
「そ、それは……」
「いまさらなにを言っても藍はオーストラリアに帰らなければならないの。二人の夢物語はもうとっくに終わったんだよ」
彼女はきっぱりとそう言いきると、俯いている私の肩をポンポンと叩いてすれ違っていった。
――きっと、これが現実。
稟ちゃんに気持ちを後押しされてここへ来たけど、そんな簡単に思い通りにいくわけがない。
そもそも最初から思い通りにはいかなかった。
梶くん宛てのラブレターは入れ替えられちゃったし、
それが原因で藍と付き合うことになっちゃうし、
ラブレターは藍宛てのものじゃないと伝えても別れてくれないし、
の割には別れる前提で私と付き合ってたし、
時期が来たら日本からいなくなっちゃうし、
ひまりちゃんとの結婚が決まってるくせに短い時間の中で片想い相手の私と恋愛をしに来たなんて……。
バカヤロウ…………。
楽しい思い出だけ置いて勝手にオーストラリアに戻らないでよ。
少しは残された者の身にもなってよ。
絶対に藍の思い通りになんてさせないんだから。
「ひまりちゃん、待って……」
「えっ……」
私は胸に拳をあてたまま話を続けた。
「以前、藍のことが好きかどうか気持ちを聞いてきたことがあったでしょ」
「そうだけど」
「正直、あの時は友達程度しか思ってなかった。だから、どう答えたらいいかわからなかったの」
「そう思ってたよ。だから、好きじゃないなら別れ……」
「だけどね、途中で気付いたの。私は藍のことを異性として見ていなかったんだって」
私はそう言い被せると、体の向きを変えて彼女の目を見つめた。
「見る目を変えてからは、考え方が変わっていった。藍は強気な態度を見せることが多かったけど、弱い面も兼ね合わせていて。でも、あの笑顔を隣で毎日見ていた分、心が平和でありつづけた。そんな日々がもう二度と戻ってこないと思ったら、藍に伝えなきゃいけないことができた。もしこの感情が正解なら、ひまりちゃんに言いたいことがあるの」
「な、なに。言いたいことって……」
「ひまりちゃんが藍のことをどれくらい想ってるかわからないけど、私も負けないくらい好き!」
「……あやかちゃん」
「いまさらこんな気持ちになるなんて遅いよね……。たしかに私は一般家庭の子だし、ずば抜けた才能がある訳でもないし、取り柄もない。そんな人間がこれから日本を代表する四大財閥の御曹司に気持ちを伝えようとしてるなんて筋違いかもしれないけど、藍を大切にしたい気持ちは誰にも負けない。たとえ相手がひまりちゃんだとしても譲りたくないの……」
体中の血液が顔に集結してしまったかのように頬を赤く染め、瞳には大量の雫が待機している。
私がいましてることは間違いだ。
藍とひまりちゃんは私と出会うから結婚が決まっていたのに、私の感情一つでぶち壊そうとしているのだから。
友達の幸せを願わないなんて最低だよね。
でも、それくらい藍のことが好きなんだよ。
すると、ひまりちゃんは私のおでこをツンっと一突きする。
それと共に、瞳からポロッと熱いものが滴った。
赤面したままの顔で見上げると、彼女は腕を組んだままムスッと口を尖らせている。
「……っ、はああぁ〜〜〜あぁ〜〜……っ。よぉ〜〜〜ぉぉやく口を割ったか」
「へ……へっっ?!?!」
「私があやかちゃんの気持ちに気づいてないとでも思った? ほんっとに想像以上に鈍感な人ね」
「ひっ……ひまりちゃん……?」
「口を開けば藍の話をしてるってことは、常に気にしてる証拠でしょ。本当にどうでもいい人なら話題すらあげないよ」
「うっっっ……」
たしかに最初は藍の幼なじみだからひまりちゃんには遠慮がちに話してたけど、気づけばオープンに話してたっけ。
しかも、自分よりもひまりちゃんの方が私の気持ちに気づいていたなんて……。
すると、ひまりちゃんは先ほどとは別人のような穏やかな表情に。
「実はね、日本へ来てから藍が笑ってるところを初めて見たの。あやかちゃんと笑い合ってるところがすごく幸せそうで羨ましかった。私を見る時の目つきとは対照的で、なんか悔しくなって自分も意地を張ってたんだと思う」
「……」
「でもね、私自身もあやかちゃんのことを尊敬してる。転校してから最初に話しかけてくれたのはあやかちゃんだったし、積極的に仲良くしてくれたから一度も嫌いにはなれなかった。お互いの赤白帽子の話が繋がった時は、もう自分が出る幕じゃないなって思ってたの。それにね、実はストーカーばりに二人のことを観察してたんだ。そしたら、何もかもが映画のワンシーンのようで素敵に思えてね」
「ひまりちゃん……」
「誰を選ぶかは藍が決めることなのに、私は自分の弱さを盾にしていた。心の悲鳴に気づかないまま……。でも、さっきあやかちゃんの気持ちを聞いたらそれは間違いだって。もっと自分を大切にしなきゃって思ったの」
「うん……」
「藍はね、これが一生に一度きりの恋なんだって。はっきりと言いきってたよ。だったら、私が幼なじみとしてやることは一つ」
「えっ」
ひまりちゃんはそう言いながらカバンからスマホを出して誰かに電話をかけはじめた。
「あー、もしもし。パパ? 実はね、いま話したいことがあるの。うん……重要な話。あのね。私、婚約破棄することにしたの」
「えっ……」
「……んー、どうしてかって? そりゃあ好きな人と結婚したくなったから。自分だけを愛してくれるような素敵な人とね。……えっ、なんでいきなりそう思ったかって? 友達の素敵な恋愛を見ていたら羨ましいなって。私も人から憧れられるような恋をしたくなったの。結婚って一生に一度きりのことだからね。なにも縛られたくないんだ」
「ひまりちゃん……」
「そんなに怒らないでよ。……いま空港にいてもうすぐで藍が出国するから見送らないと。詳しいことはまたあとで連絡するから。……うん、うん。……ん、私からも後で藍のお父様に連絡しておくから……。うん、うん……。じゃあ、また後でね」
彼女は電話を終えると、再びスマホをカバンの中へ。
私は彼女がどんな気持ちで父親に電話をかけたのかわかっている分、心苦しい。
「帰ったら家族会議になっちゃった。パパがあんなに怒るなんて初めてかも」
「ひまりちゃん、どうして……」
「私、もうフラれてるからこれからなにをしても一緒だし、自分を見てくれない人を一生懸命想い続けても意味がないってわかってるから」
「ごめん、ひまりちゃん、ごめんね……」
「ううん。謝らないで。こっちこそ嫌なことを言ってごめんね。……ほら、泣かないで」
彼女はカバンからハンカチを出して私の頬を拭く。
「だって、だってっ…………」
「これは私のけじめだからあやかちゃんが悩む問題じゃないよ。私は私で精一杯やってダメだったんだから仕方ないの! ……ほら、こんなことしてないで、早く藍のところへ行って気持ち伝えてきなよ」
「……っ、…………いいの?」
「もちろん。頑張ってきて。応援してる! ほら、頑張れ頑張れ!」
私は背中を二回トントンと叩かれたあと、「ありがとう」と伝えてひまりちゃんの元から離れた。
彼女はあぁいう風に言ってたけど、きっと辛い決断だったはず。
でも、私自身も彼女の想いを大切にしなければならない。
だから、たとえどんな結果が待ち受けていても前を向こう。