――夜21時過ぎ。
場所は、4月から滞在しているホテル。
ここは駅から徒歩5分ほどにあり、学校までは15分ほど。
俺は事情があって毎日ここから通学している。
最上階からの夜景は宝石が散りばめられているかのように美しい。
ピーーンポーーン……。
インターホンが鳴った。
部屋の扉を開けると、そこには白いワンピース姿のひまりが立っている。
「どうして俺の滞在先がわかったの?」
「やっぱりいまここで暮らしてるんだぁ。このホテルの最上階からの景色最高だよね」
「……まさか、住んでるところまで調べたの?」
「先日たまたまこの近くで見かけたから来たの」
「だからって、部屋まで来るなよ」
俺は深いため息をついて扉を閉めようとすると、彼女は片手で扉を掴む。
「藍……。日本に来てからどうしてそんなに変わっちゃったの? 口調も、雰囲気も、性格も……」
「考えすぎ。帰って」
追い払うように扉を閉めようとするが、彼女は部屋の中へ入り込んで扉に背中を叩きつける。
「嫌! 帰らない」
「部屋に入っていいなんて言ってないし」
「らしくないよ……。物静かな性格が別人のように垢抜けたのは全部あやかちゃんのため?」
「だったらなに? 好きな子へ近づくために相手の理想に近づけちゃいけないの?」
彼女の言う通り、俺は事前に調べた情報を頼りにあやかの理想に近づけた。
それほどこの恋に本気だということ。
「藍!」
「俺はこの機会を狙っていた。何年もあやかを想い続けて4月にようやく会えて。最初の3か月間は思うようにいかなかったけど、いまは最高に幸せなんだ。だから、誰にも邪魔されたくない」
「なによ、それ……。オーストラリアから追いかけてきた私の気持ちも考えてよ。それに、長い間思い続けてるのにずっと振り向いてもらえないんだよ」
「なにを言われてもお前を好きになることはない」
「ひどい! 藍はいつも自分のことしか考えてない。藍があやかちゃんを思い続けてる間、私がどんなにみじめな想いをしてるかさえ」
「もう、帰って」
「藍!! 突っぱねられるのもいまだけなんだよ。……だって、私たちは」
「その話はもうしたくないから」
俺は彼女の腕を掴んで扉の外へ追いやった。
あやかと一緒にいる時は最高に幸せなのに、離れている間は地獄と戦い続けている。
それが、俺の現実。
椅子に腰をかけてから、机に置いてある卓上カレンダーを手に取った。
カレンダーが進む度に思う。
いまのままでいいのかって。
後悔しない自信がない。
俺が本当の幸せを掴むまで、あとどれくらいの日数がかかるのだろう。