目的の本屋に着き、海崎は文房具を見て回る。欲しかったシャーペンの替え芯を手にしたあと、今度は色ペンを物色する。
「やっぱり青かな……」
海崎はオレンジ色と青色のペンを見比べる。海崎はペンケースの中身は最低限にすると決めているから、何色もペンは使わない。どちらかひとつにしたい。
「オレンジとか普通に見やすくない?」
隣にいる伊野がオレンジのペンを指差す。たしかにオレンジはハッキリした色で見やすいのはわかる。
「でも俺、海崎晴真だし」
「え?」
「なんか、イメージ青って気がしない?」
昔から密かに思っている。海だし、晴れだし、なんとなく青色が自分のイメージカラーだ。
「ふは。まさかそうくるとは思わなかった……」
伊野は口元を覆っているが、指の隙間からニヤニヤしているのがバレバレだ。
伊野の言いたいことはわかる。
「名前で決めるなんて子どもっぽいって言いたいんだろ?」
海崎はジト目で伊野を見る。伊野は正直すぎてすぐに顔と態度に現れるのがよくない。
「いや、そんなことないないっ。ちょっとツボっただけ……」
伊野は必死で笑いを堪えている。
「なんだよ」
「大丈夫、なんでもない」
まったく伊野は困った奴だ。さっき伊野は海崎に「よく笑うよな」みたいな類いの言葉を投げてきたが、よく笑うのは伊野だ。
「伊野は?」
「え?」
「伊野は下の名前、何?」
そういえば伊野の下の名前を知らない。みんな伊野のことを苗字で呼ぶから気がつかなかった。
「……それ聞くか」
伊野から波が引くように笑顔が消えた。この話題は地雷案件だったのだろうか。
「ま、すぐにバレるし。礼里だよ。お礼の礼に里」
「礼里……」
「女に間違えられるのが、地味にコンプレックス」
伊野の表情が曇っていく。たしかに『れいり』という響きは女性っぽいかもしれない。
「でもさ、いい名前だよ。守礼門の礼に、首里城の里とか? 俺はすごく好きだけどな」
本当にいい名前だと思った。きっと伊野の両親は、たくさんの願いを込めてこの名前を息子に授けたのだと思う。
「よくわかったな! そうなんだよ、実はそっからきてる」
伊野は驚き、目を瞬かせている。
「伊野らしいよ。明るくて、なんかみんなの中心って感じで」
生まれながら、たくさんの人に囲まれて愛されてきたんだろうなと伊野を見ていると思う。いつの過去も人間関係に四苦八苦してきた海崎とは大違いだ。
「……まぁ、燃えたけどね」
寂しげなトーンで伊野が呟く。あれは衝撃的で心が痛くなる事故だった。
テンションが下がった伊野を励ましたくて、海崎は明るい声で言う。
「人の細胞だって四年で骨まですべて入れ替わるんだ。でも、その人はその人で在り続ける。そこに魂がある限り、何度生まれ変わっても信仰は変わらないよ。だからやっぱりいい名前だ」
海崎は伊野に微笑みかける。伊野も笑顔になってくれるかと思ったのに、そうではなかった。
伊野は完全に固まっている。
「……伊野?」
海崎が伊野の顔を覗き込むと「あぁ、ごめん」と伊野が戻ってきた。
「海崎すげぇ。俺、今、めっちゃ感動した」
伊野は本当に感動したようで、若干、目を潤ませながら海崎に気持ちを訴えてきた。
「そ、そう?」
褒められてちょっと照れくさくて、海崎は髪をいじりながら密かにニマニマする。なぜだろう。伊野に言われると余計に嬉しい。
「つうわけで、海崎は青だな」
伊野は海崎の手からオレンジのペンを奪い取った。
「俺はオレンジ」
「えっ? 伊野も買うのっ?」
伊野はただの付き添いのはずだ。見ていたら急にペンが欲しくなったのだろうか。
「ああ、買う。海崎とお揃いのペン、色違いで欲しくなった」
「マジでっ?」
「海崎は晴真だから青。俺は守礼門と首里城の朱色……は無いからオレンジにする。それがイメージカラーだから」
伊野は白い歯を見せて笑う。
コンプレックスだと言っていたのに、名前由来の色を選ぶなんて、もしかしたら伊野は自分の名前を少しだけ好きになってくれたのかもしれない。
「あとさ、ノートも見ていい?」
伊野は海崎の返事なんて待たずに、さっさとノート売り場へ向かっていく。せっかちだなと思いつつ、海崎には伊野の希望をダメなんて言うつもりはない。
伊野の背中を追いながら、海崎は青いペンをしっかりと握りしめていた。
「やっぱり青かな……」
海崎はオレンジ色と青色のペンを見比べる。海崎はペンケースの中身は最低限にすると決めているから、何色もペンは使わない。どちらかひとつにしたい。
「オレンジとか普通に見やすくない?」
隣にいる伊野がオレンジのペンを指差す。たしかにオレンジはハッキリした色で見やすいのはわかる。
「でも俺、海崎晴真だし」
「え?」
「なんか、イメージ青って気がしない?」
昔から密かに思っている。海だし、晴れだし、なんとなく青色が自分のイメージカラーだ。
「ふは。まさかそうくるとは思わなかった……」
伊野は口元を覆っているが、指の隙間からニヤニヤしているのがバレバレだ。
伊野の言いたいことはわかる。
「名前で決めるなんて子どもっぽいって言いたいんだろ?」
海崎はジト目で伊野を見る。伊野は正直すぎてすぐに顔と態度に現れるのがよくない。
「いや、そんなことないないっ。ちょっとツボっただけ……」
伊野は必死で笑いを堪えている。
「なんだよ」
「大丈夫、なんでもない」
まったく伊野は困った奴だ。さっき伊野は海崎に「よく笑うよな」みたいな類いの言葉を投げてきたが、よく笑うのは伊野だ。
「伊野は?」
「え?」
「伊野は下の名前、何?」
そういえば伊野の下の名前を知らない。みんな伊野のことを苗字で呼ぶから気がつかなかった。
「……それ聞くか」
伊野から波が引くように笑顔が消えた。この話題は地雷案件だったのだろうか。
「ま、すぐにバレるし。礼里だよ。お礼の礼に里」
「礼里……」
「女に間違えられるのが、地味にコンプレックス」
伊野の表情が曇っていく。たしかに『れいり』という響きは女性っぽいかもしれない。
「でもさ、いい名前だよ。守礼門の礼に、首里城の里とか? 俺はすごく好きだけどな」
本当にいい名前だと思った。きっと伊野の両親は、たくさんの願いを込めてこの名前を息子に授けたのだと思う。
「よくわかったな! そうなんだよ、実はそっからきてる」
伊野は驚き、目を瞬かせている。
「伊野らしいよ。明るくて、なんかみんなの中心って感じで」
生まれながら、たくさんの人に囲まれて愛されてきたんだろうなと伊野を見ていると思う。いつの過去も人間関係に四苦八苦してきた海崎とは大違いだ。
「……まぁ、燃えたけどね」
寂しげなトーンで伊野が呟く。あれは衝撃的で心が痛くなる事故だった。
テンションが下がった伊野を励ましたくて、海崎は明るい声で言う。
「人の細胞だって四年で骨まですべて入れ替わるんだ。でも、その人はその人で在り続ける。そこに魂がある限り、何度生まれ変わっても信仰は変わらないよ。だからやっぱりいい名前だ」
海崎は伊野に微笑みかける。伊野も笑顔になってくれるかと思ったのに、そうではなかった。
伊野は完全に固まっている。
「……伊野?」
海崎が伊野の顔を覗き込むと「あぁ、ごめん」と伊野が戻ってきた。
「海崎すげぇ。俺、今、めっちゃ感動した」
伊野は本当に感動したようで、若干、目を潤ませながら海崎に気持ちを訴えてきた。
「そ、そう?」
褒められてちょっと照れくさくて、海崎は髪をいじりながら密かにニマニマする。なぜだろう。伊野に言われると余計に嬉しい。
「つうわけで、海崎は青だな」
伊野は海崎の手からオレンジのペンを奪い取った。
「俺はオレンジ」
「えっ? 伊野も買うのっ?」
伊野はただの付き添いのはずだ。見ていたら急にペンが欲しくなったのだろうか。
「ああ、買う。海崎とお揃いのペン、色違いで欲しくなった」
「マジでっ?」
「海崎は晴真だから青。俺は守礼門と首里城の朱色……は無いからオレンジにする。それがイメージカラーだから」
伊野は白い歯を見せて笑う。
コンプレックスだと言っていたのに、名前由来の色を選ぶなんて、もしかしたら伊野は自分の名前を少しだけ好きになってくれたのかもしれない。
「あとさ、ノートも見ていい?」
伊野は海崎の返事なんて待たずに、さっさとノート売り場へ向かっていく。せっかちだなと思いつつ、海崎には伊野の希望をダメなんて言うつもりはない。
伊野の背中を追いながら、海崎は青いペンをしっかりと握りしめていた。