次の日の文化祭最終日もつつがなく終了し、伊野と待ち合わせをして、クラスの打ち上げ会場のカラオケに向かう。パーティーサイズの広いカラオケルームには、クラスのメンバーがすでに八名集まっていてすでに賑やかな雰囲気だ。最終的には十三名ほどが参加するらしい。
「伊野と海崎が来た!」
「伊野! 早速歌ってよ!」
伊野はカラオケルームに入るなり、いきなり知花に腕を引っ張られ、曲をリクエストするためのタブレットを押し付けられる。伊野も「いや、俺、着いたばっかでなんか飲みたかった」と言いながらも、知花からタブレットを受け取った。
空いてる席に伊野と並んで座る。伊野はサッと曲を選んだあと、タブレットを海崎に手渡そうとする。
「海崎は? 何歌うの?」
「えっ、俺はまだいいよ。とりあえず落ち着いてからっ」
海崎はタブレットを机の上に戻した。ピアノ演奏ならまだしも、歌はちょっと恥ずかしくてみんなの前で歌う決心がつかない。
クラスのみんなは各々好きな歌を歌っているようだ。
「ごめんみんな知らないかも」
上原が選んだ曲は有名ボカロPの曲だった。
「知ってる。ユーチューブで爆速で一千万再生行った曲だよね」
「海崎君わかるのっ?」
「うん。MVも好きだよ」
音楽マニアの海崎なら余裕で知っているし、好きな曲だ。世間の認知度まではちょっとよくわからないけれども。
「すごいね海崎くん、何でも知ってるんだね」
「そ、そんなことはないけど、たまたまね」
危ない危ない、もう少しで「知っているのはこんなもんじゃない」と、この曲を作ったボカロPのすごさを語りだしそうになり、自分を必死で抑えた。
こうしてみんなの歌を聴いているだけでも海崎は十分楽しい。ドリンクバーから持ってきたカルピスをちびちび飲みながら、歌わずにここにいるだけで満足だ。
やがて伊野のリクエストした曲が大きな画面に表示された。
伊野が選んだのは有名なラブソングだ。あなたがどれだけ好きかを切々と歌った、強くて一途な歌で、サビで高音が続くところと、音の高低差が激しいので地声と裏声の切り替えの多いところが難しい曲だ。
伊野の鼻歌を初めて聴いたときから、うまいだろうなとは思っていた。でも伊野の歌のうまさは異次元だ。
愛してる、愛してると伊野が歌う。それだけで海崎の胸が震える。
伊野はただ美声で歌を歌っているだけ。それなのに、メロディラインにのせて歌われる伊野の愛の言葉を、まるで自分に向けて歌われているような気持ちになり、これはやばい。
「伊野、やばいかっこいい……」
海崎の斜めの席に座っていた知花がうっとりして伊野を見ている。同じときに、知花とまったく同じことを思ってしまっていたことに気がつき、俺は乙女かと海崎は心の中で猛反省した。
歌い終えた伊野が腰を上げ、次の人にマイクを渡してから海崎の隣に座りなおした。
「海崎は? 歌わないの?」
「俺はいいよ」
「えーっ、海崎の歌聞きたい!」
「俺は伊野の歌がもっと聞きたい。伊野は天才的にうまいよ。歌のレッスンを受けてたとかでもないんだろ?」
「しないよそんなこと。自分では普通って思ってるし。海崎がめちゃくちゃ褒めてくれるから最近うまいのかなーって調子乗ってるとこ」
調子に乗っていいと思う。伊野の歌のレベルはすでにプロレベルだ。こんなに歌がうまいのに、自覚がないほうがびっくりだ。
それから無事にクラスの打ち上げ参加者たちが全員揃い、みんなで文化祭の話や全然関係ない話をしながら和気あいあいと盛り上がる。
海崎はドリンクバーを取りに行こうと部屋を出る。そのときに「私も」と上原が一緒についてきた。
「あの、海崎くん。ちょっとふたりきりで話がしたいんだけど」
上原を先に通して、カラオケルームの重い扉を閉めたあと、上原に声をかけられた。
「いいけど、何?」
「ちょっとこっち来て」
上原は角を曲がり、通路の奥へと海崎を誘う。賑やかなカラオケルームから離れ、ここは少し静かな場所だ。
「海崎くんて、あの、好きな人いる……?」
「えっ……」
こんな状況で好きな人のことを聞いてくるなんて、まさかとつい勘ぐってしまう。
でも上原の様子はいたって真剣だ。それなのに茶化したり、不真面目に答えたりはできない。
「……いるかいないかで聞かれたら、いる」
嘘はつけないと思った。
自惚れかもしれないが、上原からは特別な好意を感じる。今までクラスのみんなに上原との仲を冷やかされても曖昧にして誤魔化してきたが、今この状況でそれはできない。
「でも、俺がその人と付き合うことはないんだ。俺さ、実は来月東京に帰ることになってて、向こうに行ったらもう会うこともなくなるんだろうから」
「海崎くん、帰っちゃうのっ?」
上原が目を大きくして驚いている。
「うん。もともと親の都合でこっちに転校してきただけだから。来月父さんが東京に帰るから、俺もついていく」
「でも、海崎くんは寮にいるんだから、このままずっとこっちにいたらいいのに……」
「ちょっと迷ったんだけど、やっぱり帰ることにしたんだ」
上原に言いながら自分に言い聞かせているようなものだ。
伊野にはこの気持ちは伝えられない。東京に行ったらもう伊野と会うことはない。
時が止まることはない。いつかその日がやってくる。それまでの残酷なカウントダウンが海崎の胸を締めつける。
「さみしい……」
「俺も、楽しかった。上原さんもそうだし、クラスのみんなのおかげだよ」
「ヤダ、さみしすぎるから」
上原がひっくひっくと泣き出したので、海崎は慌てる。女の子を泣かしたと思われたら一大事だ。
「ご、ごめんっ、急にこんな話をして。でも来月の話だし、あと少しこっちにいるからっ」
やばい、やばいととりあえず持っていたティッシュを上原に手渡す。上原は「ごめんなさい……」とそれを受け取り、しばらくすると泣き止んでくれた。
「大丈夫? 部屋に戻れる?」
「うん。海崎くんいなくなるって聞いて、ちょっとびっくりしちゃって……。ありがとう海崎くん」
上原とふたりで、そういえばドリンクバーに行くところだったのを思い出し、サッとドリンクを持って部屋に戻った。
「伊野と海崎が来た!」
「伊野! 早速歌ってよ!」
伊野はカラオケルームに入るなり、いきなり知花に腕を引っ張られ、曲をリクエストするためのタブレットを押し付けられる。伊野も「いや、俺、着いたばっかでなんか飲みたかった」と言いながらも、知花からタブレットを受け取った。
空いてる席に伊野と並んで座る。伊野はサッと曲を選んだあと、タブレットを海崎に手渡そうとする。
「海崎は? 何歌うの?」
「えっ、俺はまだいいよ。とりあえず落ち着いてからっ」
海崎はタブレットを机の上に戻した。ピアノ演奏ならまだしも、歌はちょっと恥ずかしくてみんなの前で歌う決心がつかない。
クラスのみんなは各々好きな歌を歌っているようだ。
「ごめんみんな知らないかも」
上原が選んだ曲は有名ボカロPの曲だった。
「知ってる。ユーチューブで爆速で一千万再生行った曲だよね」
「海崎君わかるのっ?」
「うん。MVも好きだよ」
音楽マニアの海崎なら余裕で知っているし、好きな曲だ。世間の認知度まではちょっとよくわからないけれども。
「すごいね海崎くん、何でも知ってるんだね」
「そ、そんなことはないけど、たまたまね」
危ない危ない、もう少しで「知っているのはこんなもんじゃない」と、この曲を作ったボカロPのすごさを語りだしそうになり、自分を必死で抑えた。
こうしてみんなの歌を聴いているだけでも海崎は十分楽しい。ドリンクバーから持ってきたカルピスをちびちび飲みながら、歌わずにここにいるだけで満足だ。
やがて伊野のリクエストした曲が大きな画面に表示された。
伊野が選んだのは有名なラブソングだ。あなたがどれだけ好きかを切々と歌った、強くて一途な歌で、サビで高音が続くところと、音の高低差が激しいので地声と裏声の切り替えの多いところが難しい曲だ。
伊野の鼻歌を初めて聴いたときから、うまいだろうなとは思っていた。でも伊野の歌のうまさは異次元だ。
愛してる、愛してると伊野が歌う。それだけで海崎の胸が震える。
伊野はただ美声で歌を歌っているだけ。それなのに、メロディラインにのせて歌われる伊野の愛の言葉を、まるで自分に向けて歌われているような気持ちになり、これはやばい。
「伊野、やばいかっこいい……」
海崎の斜めの席に座っていた知花がうっとりして伊野を見ている。同じときに、知花とまったく同じことを思ってしまっていたことに気がつき、俺は乙女かと海崎は心の中で猛反省した。
歌い終えた伊野が腰を上げ、次の人にマイクを渡してから海崎の隣に座りなおした。
「海崎は? 歌わないの?」
「俺はいいよ」
「えーっ、海崎の歌聞きたい!」
「俺は伊野の歌がもっと聞きたい。伊野は天才的にうまいよ。歌のレッスンを受けてたとかでもないんだろ?」
「しないよそんなこと。自分では普通って思ってるし。海崎がめちゃくちゃ褒めてくれるから最近うまいのかなーって調子乗ってるとこ」
調子に乗っていいと思う。伊野の歌のレベルはすでにプロレベルだ。こんなに歌がうまいのに、自覚がないほうがびっくりだ。
それから無事にクラスの打ち上げ参加者たちが全員揃い、みんなで文化祭の話や全然関係ない話をしながら和気あいあいと盛り上がる。
海崎はドリンクバーを取りに行こうと部屋を出る。そのときに「私も」と上原が一緒についてきた。
「あの、海崎くん。ちょっとふたりきりで話がしたいんだけど」
上原を先に通して、カラオケルームの重い扉を閉めたあと、上原に声をかけられた。
「いいけど、何?」
「ちょっとこっち来て」
上原は角を曲がり、通路の奥へと海崎を誘う。賑やかなカラオケルームから離れ、ここは少し静かな場所だ。
「海崎くんて、あの、好きな人いる……?」
「えっ……」
こんな状況で好きな人のことを聞いてくるなんて、まさかとつい勘ぐってしまう。
でも上原の様子はいたって真剣だ。それなのに茶化したり、不真面目に答えたりはできない。
「……いるかいないかで聞かれたら、いる」
嘘はつけないと思った。
自惚れかもしれないが、上原からは特別な好意を感じる。今までクラスのみんなに上原との仲を冷やかされても曖昧にして誤魔化してきたが、今この状況でそれはできない。
「でも、俺がその人と付き合うことはないんだ。俺さ、実は来月東京に帰ることになってて、向こうに行ったらもう会うこともなくなるんだろうから」
「海崎くん、帰っちゃうのっ?」
上原が目を大きくして驚いている。
「うん。もともと親の都合でこっちに転校してきただけだから。来月父さんが東京に帰るから、俺もついていく」
「でも、海崎くんは寮にいるんだから、このままずっとこっちにいたらいいのに……」
「ちょっと迷ったんだけど、やっぱり帰ることにしたんだ」
上原に言いながら自分に言い聞かせているようなものだ。
伊野にはこの気持ちは伝えられない。東京に行ったらもう伊野と会うことはない。
時が止まることはない。いつかその日がやってくる。それまでの残酷なカウントダウンが海崎の胸を締めつける。
「さみしい……」
「俺も、楽しかった。上原さんもそうだし、クラスのみんなのおかげだよ」
「ヤダ、さみしすぎるから」
上原がひっくひっくと泣き出したので、海崎は慌てる。女の子を泣かしたと思われたら一大事だ。
「ご、ごめんっ、急にこんな話をして。でも来月の話だし、あと少しこっちにいるからっ」
やばい、やばいととりあえず持っていたティッシュを上原に手渡す。上原は「ごめんなさい……」とそれを受け取り、しばらくすると泣き止んでくれた。
「大丈夫? 部屋に戻れる?」
「うん。海崎くんいなくなるって聞いて、ちょっとびっくりしちゃって……。ありがとう海崎くん」
上原とふたりで、そういえばドリンクバーに行くところだったのを思い出し、サッとドリンクを持って部屋に戻った。