宮城に渡すぶんには、なんの問題もないだろう。余ったものを喜んでもらってくれるなら、いいかと思った。
「いいですよ。俺のでよければあげます」
「本当に? やった、ありがとう!」
「部屋にあるんです。取りに行ってきます」
「いいよ、俺も一緒に行く」
後片付けを終えたあと、宮城とふたりで寮室へ向かう。部屋には伊野の姿はなかった。
「えっと……」
海崎は部屋に入ってすぐのクローゼットの前に放置していた黒リュックを開けて、中からクッキーを取り出した。透明な袋に入っていて、シールで留めただけの簡素な手作りクッキーだ。
「ありました。はい、どうぞ」
海崎は宮城に手渡す。
「上手じゃん! おいしそうだ」
月並みな出来栄えのクッキーなのに、宮城は大袈裟に喜んでくれる。そんなに喜んでくれるなら、自分で食べるよりもよかったなと思えた。
「ありがとう海崎。お返しは必ずするから」
「いいですよ、お返しなんて」
「そうはいかないよ。何がいいかな」
宮城はアゴに手を当てて考え始める。宮城は律儀なタイプみたいだ。
「本当にお返しはなくて大丈夫ですよ。調理実習で作っただけですから」
「そんなこと言うなって。いつも手伝ってくれるし、俺が頼んだらクッキーくれるし、海崎はホントいい奴だなっ」
「わっ……!」
宮城が海崎の頭をわしゃわしゃと撫でてきて、海崎はびっくりして身を縮こませる。
「ちょっと先輩っ、犬じゃないんだから……」
「ごめん、海崎が可愛いくて」
謝りながら、ぐしゃぐしゃになった髪を宮城が整えてくれていたときだ。
ガチャリとドアの開く音がして、伊野が入ってきた。
伊野は髪が濡れていて首にタオルをかけている。シャワーを浴びたあとのようだ。
「え……? なんで宮城先輩……?」
伊野は何があったのか理解が追いつかないようで、目をしばたかせている。
「伊野おかえりー」
宮城は何食わぬ顔して伊野を出迎える。
「海崎に掃除を手伝ってもらってたんだよ。じゃあまた。これ、ありがとう」
宮城は海崎にクッキーを見せながら小さく手を振って、笑顔で部屋を出て行った。
「宮城先輩、海崎のことコキ使いすぎだろ……。海崎も断われよ」
伊野は機嫌が悪そうだ。何かあったのだろうか。
「いいんだよ。手伝いは嫌いじゃないんだ」
役割があるほうが、ここにいてもいいと言われているような気持ちになり安心する。それに、人に頼まれると嫌と言えないタイプだ。
「クッキー、宮城先輩にあげたんだ……」
伊野の声のトーンが低い。伊野に何かあったのだろうか。
「あ。うん。俺、あげる相手もいないし、先輩が余ってるなら欲しいって言うから……」
「……へぇ。そりゃ先輩は俺と違って頭いいし、海崎も頭いいもんな。気が合いそうだな」
「それは関係ないよ、だからそんな深い意味は——」
「いいよ、もう。その話やめよう」
伊野は不貞腐れたみたいにドカッと椅子に座り、海崎に背を向けスマホをいじりだした。
伊野はどうしたんだと思いながら、海崎も自分の机の前に座ろうとしたときだ。
海崎の机にメモ書きが添えられたクッキーが置いてある。
メモには『うみざきへ いの』と書かれており、添えられているクッキーは今日、調理実習で作ったクッキーだ。
「伊野、これっ……」
海崎が慌てて隣にいる伊野のほうを向くと「やるよ。海崎に」と振り向きもせずに言った。
胸が苦しい。
これは、伊野が誰に言われても頑なに渡さなかったクッキーだ。その重みがわかるから涙が溢れそうになる。
海崎には返すものがない。
さっきなんであんな軽い気持ちで宮城に渡してしまったんだろうと、後悔の波が押し寄せてくる。
伊野とお互いのクッキーを交換すればよかった。なんでそれを思いつかなかったのだろう。
伊野は、こうして贈ってくれたのに。
「おやすみ」
「えっ」
伊野が椅子から立ち上がり、二段ベッドの階段に手をかけようとしたので、海崎はその手を掴む。
「待って伊野っ、俺にはもらう資格がないよ」
伊野にクッキーを返そうと、伊野の胸に押しつける。
「いーよ、別にお返しが欲しくてやったわけじゃない」
「ダメだよ、ダメだ」
「いいから」
「うわっ……!」
伊野と揉み合いになり、体勢を崩して海崎は二段ベッドの縁に頭をぶつけてベッドに倒れ込む。
「おい、大丈夫か海崎っ」
倒れる海崎のそばに伊野が慌てて寄ってきた。
「痛ってぇ……」
「見せてみろ、どこ痛い?」
伊野が海崎の頭を覗き込もうとする。
「ここ……」
海崎がぶつけたところに手を当てて示すと、伊野は髪をかき分けて怪我の具合を確認してくれた。
「見た目はなんにもない」
「ありがとう、大丈夫そうだよ」
ぶつけた瞬間はそれなりに痛かったが、大事には至らなそうだ。
「ああ、よかった。俺のせいでひっどい怪我させたかと思った……」
ベッドの上、伊野は横から半分覆い被さるようにして海崎を抱きしめてきた。
伊野の腕の中に閉じ込められ、髪を優しく撫でられる。
どうしよう、と思った。
伊野とふたりベッドで寝転がって、抱きしめられている。
伊野はただ、海崎が無事だったことに安堵して抱きしめてきただけだ。伊野は距離感が近いから、無自覚にこうしているだけ。
そうだと頭ではわかっているのに、身体は正直で、海崎の胸は高鳴り、急に顔が熱くなる。
でも嫌じゃない。ドキドキが伊野に悟られてしまうのではと思うのに、離れたくない。
さっきのクッキーの件で伊野に嫌われたと思ったから、伊野に抱きしめられると嫌われてなかったと余計に安心する。
「伊野……」
海崎は伊野の身体に頭を寄せた。
伊野の鼓動が聞こえてくる。トクン、トクンと一定のリズムを刻む伊野の鼓動を聞いていると安心する。
やっぱり伊野は特別だ。
伊野がいると安心できて、伊野のことをもっと知りたいと思って、伊野だけは他の誰にも渡したくないと思う。
伊野にだけは嫌われたくなくて、触れられると心地よくて、気がつけば伊野のことばかり考えている。
伊野も男で、海崎も男だ。それでもこんなに伊野にドキドキしている。
自分でも信じられない。でも、無自覚に抱きしめてきた伊野の腕の中がよすぎてたまらない。
この感情は恋なんじゃないだろうか。
そう考えると、今までのモヤモヤが全部しっくりくる。伊野の特別になりたがる気持ちも、伊野に触れられて高鳴る胸も、あわよくばその先すら望んでいる自分自身の本能も、全部、恋心だ。
男の伊野にそんな感情を抱いてはいけない。伊野は、やっと手にした心から信頼できる友達だ。それなのに、同性から特別な好意を向けられたら伊野は困惑してしまうだろう。
ここから離れなければならない。でも、逃げたくない。ずっとずっと伊野に捉われていたい。
「はぁ。とりあえず安心した」
伊野はそんな海崎の心の葛藤など知らずに、パッと海崎を手放した。
目の前から急に伊野がいなくなり、現実に引き戻された感覚だ。
伊野は起き上がり、二段ベッドのハシゴに手をかける。
「なんかあったら起こしてくれて構わないから。おやすみ、海崎」
伊野はベッドで海崎を抱きしめたことなど、なんでもない様子で、いつもどおりの笑顔を向けてくる。
「あ、うん、ありがとう……」
海崎も上半身を起こして、伊野を見送る。まさかもうちょっとだけ抱きしめてほしかったなんて言えない。
伊野は距離感が近いだけ。さっきのだって伊野にとっては友達にも弟にもする行為で、特別なことじゃないのだろう。
それなのに、勘違いしてはいけない。
「あ、そうだ海崎。しつこいようだけど、俺のクッキーは気にせず食べろよ」
伊野に言われてハッとする。そうだ。伊野からもらったクッキーの押し付け合いをしていて頭をぶつけたんだった。今、クッキーは海崎のベッドの布団の上に落ちていた。
「それ、俺の気持ちだから。受け取って」
「えっ……」
「じゃあ、おやすみ」
伊野は軽い身のこなしで、二段ベッドの上に上がって行ってしまった。
海崎は伊野のクッキーを手に取って思う。『俺の気持ち』とはいったいどういう意味なのだろう。
普通に考えたら、ほんの気持ち程度の品物、という意味なのかもしれない。でもこのクッキーは、学校では、男子が女子に気持ちを伝えるためのアイテムだ。
海崎はクッキーを割れないようにそっと胸に抱えた。
もし、伊野が海崎のことを想ってくれていたら。だからこのクッキーをくれたんだとしたら。
そんなことを考え出してしまい、海崎は大きくかぶりを振る。
そんなはずはない。
さっきの伊野の言葉を都合よく考えてしまう自分が恥ずかしい。
海崎自身だってクッキーをなんの恋愛感情もない宮城に渡した。それは宮城が男だからだ。男にあげるぶんには、問題にならないと判断したからだ。
伊野だってきっとそうだ。あんなに女子にせがまれても誰にもあげなかったのは、恋愛の意味で好意を抱いていると勘違いされてしまうからだ。
でも男の海崎なら、そうはならないと思ったからに違いない。
伊野は誰にもあげられなかったクッキーが余ったから、深い意味もなく海崎にくれただけだろう。
伊野は何の気なしにくれただけ。深い意味はない、深い意味はない。
海崎は勘違いしないように何度もそう自分に言い聞かせた。
「いいですよ。俺のでよければあげます」
「本当に? やった、ありがとう!」
「部屋にあるんです。取りに行ってきます」
「いいよ、俺も一緒に行く」
後片付けを終えたあと、宮城とふたりで寮室へ向かう。部屋には伊野の姿はなかった。
「えっと……」
海崎は部屋に入ってすぐのクローゼットの前に放置していた黒リュックを開けて、中からクッキーを取り出した。透明な袋に入っていて、シールで留めただけの簡素な手作りクッキーだ。
「ありました。はい、どうぞ」
海崎は宮城に手渡す。
「上手じゃん! おいしそうだ」
月並みな出来栄えのクッキーなのに、宮城は大袈裟に喜んでくれる。そんなに喜んでくれるなら、自分で食べるよりもよかったなと思えた。
「ありがとう海崎。お返しは必ずするから」
「いいですよ、お返しなんて」
「そうはいかないよ。何がいいかな」
宮城はアゴに手を当てて考え始める。宮城は律儀なタイプみたいだ。
「本当にお返しはなくて大丈夫ですよ。調理実習で作っただけですから」
「そんなこと言うなって。いつも手伝ってくれるし、俺が頼んだらクッキーくれるし、海崎はホントいい奴だなっ」
「わっ……!」
宮城が海崎の頭をわしゃわしゃと撫でてきて、海崎はびっくりして身を縮こませる。
「ちょっと先輩っ、犬じゃないんだから……」
「ごめん、海崎が可愛いくて」
謝りながら、ぐしゃぐしゃになった髪を宮城が整えてくれていたときだ。
ガチャリとドアの開く音がして、伊野が入ってきた。
伊野は髪が濡れていて首にタオルをかけている。シャワーを浴びたあとのようだ。
「え……? なんで宮城先輩……?」
伊野は何があったのか理解が追いつかないようで、目をしばたかせている。
「伊野おかえりー」
宮城は何食わぬ顔して伊野を出迎える。
「海崎に掃除を手伝ってもらってたんだよ。じゃあまた。これ、ありがとう」
宮城は海崎にクッキーを見せながら小さく手を振って、笑顔で部屋を出て行った。
「宮城先輩、海崎のことコキ使いすぎだろ……。海崎も断われよ」
伊野は機嫌が悪そうだ。何かあったのだろうか。
「いいんだよ。手伝いは嫌いじゃないんだ」
役割があるほうが、ここにいてもいいと言われているような気持ちになり安心する。それに、人に頼まれると嫌と言えないタイプだ。
「クッキー、宮城先輩にあげたんだ……」
伊野の声のトーンが低い。伊野に何かあったのだろうか。
「あ。うん。俺、あげる相手もいないし、先輩が余ってるなら欲しいって言うから……」
「……へぇ。そりゃ先輩は俺と違って頭いいし、海崎も頭いいもんな。気が合いそうだな」
「それは関係ないよ、だからそんな深い意味は——」
「いいよ、もう。その話やめよう」
伊野は不貞腐れたみたいにドカッと椅子に座り、海崎に背を向けスマホをいじりだした。
伊野はどうしたんだと思いながら、海崎も自分の机の前に座ろうとしたときだ。
海崎の机にメモ書きが添えられたクッキーが置いてある。
メモには『うみざきへ いの』と書かれており、添えられているクッキーは今日、調理実習で作ったクッキーだ。
「伊野、これっ……」
海崎が慌てて隣にいる伊野のほうを向くと「やるよ。海崎に」と振り向きもせずに言った。
胸が苦しい。
これは、伊野が誰に言われても頑なに渡さなかったクッキーだ。その重みがわかるから涙が溢れそうになる。
海崎には返すものがない。
さっきなんであんな軽い気持ちで宮城に渡してしまったんだろうと、後悔の波が押し寄せてくる。
伊野とお互いのクッキーを交換すればよかった。なんでそれを思いつかなかったのだろう。
伊野は、こうして贈ってくれたのに。
「おやすみ」
「えっ」
伊野が椅子から立ち上がり、二段ベッドの階段に手をかけようとしたので、海崎はその手を掴む。
「待って伊野っ、俺にはもらう資格がないよ」
伊野にクッキーを返そうと、伊野の胸に押しつける。
「いーよ、別にお返しが欲しくてやったわけじゃない」
「ダメだよ、ダメだ」
「いいから」
「うわっ……!」
伊野と揉み合いになり、体勢を崩して海崎は二段ベッドの縁に頭をぶつけてベッドに倒れ込む。
「おい、大丈夫か海崎っ」
倒れる海崎のそばに伊野が慌てて寄ってきた。
「痛ってぇ……」
「見せてみろ、どこ痛い?」
伊野が海崎の頭を覗き込もうとする。
「ここ……」
海崎がぶつけたところに手を当てて示すと、伊野は髪をかき分けて怪我の具合を確認してくれた。
「見た目はなんにもない」
「ありがとう、大丈夫そうだよ」
ぶつけた瞬間はそれなりに痛かったが、大事には至らなそうだ。
「ああ、よかった。俺のせいでひっどい怪我させたかと思った……」
ベッドの上、伊野は横から半分覆い被さるようにして海崎を抱きしめてきた。
伊野の腕の中に閉じ込められ、髪を優しく撫でられる。
どうしよう、と思った。
伊野とふたりベッドで寝転がって、抱きしめられている。
伊野はただ、海崎が無事だったことに安堵して抱きしめてきただけだ。伊野は距離感が近いから、無自覚にこうしているだけ。
そうだと頭ではわかっているのに、身体は正直で、海崎の胸は高鳴り、急に顔が熱くなる。
でも嫌じゃない。ドキドキが伊野に悟られてしまうのではと思うのに、離れたくない。
さっきのクッキーの件で伊野に嫌われたと思ったから、伊野に抱きしめられると嫌われてなかったと余計に安心する。
「伊野……」
海崎は伊野の身体に頭を寄せた。
伊野の鼓動が聞こえてくる。トクン、トクンと一定のリズムを刻む伊野の鼓動を聞いていると安心する。
やっぱり伊野は特別だ。
伊野がいると安心できて、伊野のことをもっと知りたいと思って、伊野だけは他の誰にも渡したくないと思う。
伊野にだけは嫌われたくなくて、触れられると心地よくて、気がつけば伊野のことばかり考えている。
伊野も男で、海崎も男だ。それでもこんなに伊野にドキドキしている。
自分でも信じられない。でも、無自覚に抱きしめてきた伊野の腕の中がよすぎてたまらない。
この感情は恋なんじゃないだろうか。
そう考えると、今までのモヤモヤが全部しっくりくる。伊野の特別になりたがる気持ちも、伊野に触れられて高鳴る胸も、あわよくばその先すら望んでいる自分自身の本能も、全部、恋心だ。
男の伊野にそんな感情を抱いてはいけない。伊野は、やっと手にした心から信頼できる友達だ。それなのに、同性から特別な好意を向けられたら伊野は困惑してしまうだろう。
ここから離れなければならない。でも、逃げたくない。ずっとずっと伊野に捉われていたい。
「はぁ。とりあえず安心した」
伊野はそんな海崎の心の葛藤など知らずに、パッと海崎を手放した。
目の前から急に伊野がいなくなり、現実に引き戻された感覚だ。
伊野は起き上がり、二段ベッドのハシゴに手をかける。
「なんかあったら起こしてくれて構わないから。おやすみ、海崎」
伊野はベッドで海崎を抱きしめたことなど、なんでもない様子で、いつもどおりの笑顔を向けてくる。
「あ、うん、ありがとう……」
海崎も上半身を起こして、伊野を見送る。まさかもうちょっとだけ抱きしめてほしかったなんて言えない。
伊野は距離感が近いだけ。さっきのだって伊野にとっては友達にも弟にもする行為で、特別なことじゃないのだろう。
それなのに、勘違いしてはいけない。
「あ、そうだ海崎。しつこいようだけど、俺のクッキーは気にせず食べろよ」
伊野に言われてハッとする。そうだ。伊野からもらったクッキーの押し付け合いをしていて頭をぶつけたんだった。今、クッキーは海崎のベッドの布団の上に落ちていた。
「それ、俺の気持ちだから。受け取って」
「えっ……」
「じゃあ、おやすみ」
伊野は軽い身のこなしで、二段ベッドの上に上がって行ってしまった。
海崎は伊野のクッキーを手に取って思う。『俺の気持ち』とはいったいどういう意味なのだろう。
普通に考えたら、ほんの気持ち程度の品物、という意味なのかもしれない。でもこのクッキーは、学校では、男子が女子に気持ちを伝えるためのアイテムだ。
海崎はクッキーを割れないようにそっと胸に抱えた。
もし、伊野が海崎のことを想ってくれていたら。だからこのクッキーをくれたんだとしたら。
そんなことを考え出してしまい、海崎は大きくかぶりを振る。
そんなはずはない。
さっきの伊野の言葉を都合よく考えてしまう自分が恥ずかしい。
海崎自身だってクッキーをなんの恋愛感情もない宮城に渡した。それは宮城が男だからだ。男にあげるぶんには、問題にならないと判断したからだ。
伊野だってきっとそうだ。あんなに女子にせがまれても誰にもあげなかったのは、恋愛の意味で好意を抱いていると勘違いされてしまうからだ。
でも男の海崎なら、そうはならないと思ったからに違いない。
伊野は誰にもあげられなかったクッキーが余ったから、深い意味もなく海崎にくれただけだろう。
伊野は何の気なしにくれただけ。深い意味はない、深い意味はない。
海崎は勘違いしないように何度もそう自分に言い聞かせた。