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 雷雨によって引き起こされるゆあのトラウマは、その後も何度か繰り返した。

 学年があがるにつれ少なくなっていき、中学生になる頃にはおそらく完全に直っていたようだが、もしかすると今も俺がいないところで……と考えることがある。

 
 幼少期の記憶なんて決まってどれも曖昧だ。

 俺が母さんから聞いたハナシも、もちろん定かではない。まったく関係のない断片を継ぎ接ぎしていたり、思い込みで捏造している部分も多いだろう。

 ゆあの父親は悪人だったかもしれないし、違ったかもしれない。
 ゆあのトラウマに父親が関係があるかもしれないし、全く関係ないかもしれない。
 
 真実は知らないままでいい。
 ゆあが過去を思い出して傷つくことがないように、俺はこれら全てをあくまでフィクションとして記憶の底に沈めておくのだ。


 ───だけどひとつだけ。
 確かなことを思い出した。
 
 そういえば、ゆあに出会って間もない頃は、“きょーごくん”と呼ばれていたんだった。

 そうか。それなら遍歴としては“きょーごくん”、“恭”、“恭吾くん”なわけだ。
 なんだ、だったらいいじゃん。
 今の呼び方も、時を戻したみたいで悪くない。

 悪くない………けれど、3年もの空白を埋めるには、それだけじゃ俺は全然足りないんだよ、ゆあ。


「ひとりで入ろうとするな」

 最寄り駅の改札を抜けた先。
 我が物顔で俺の傘を開くゆあは、やっぱり憎らしい。

 素早く横に並び、ゆあの手ごと強引に奪い取った。

 狙い通り、動揺した様子で俺を見上げてきたので、視線を逃せないようにぐっと顔を近づける。

 心臓がドクリと脈を打つ。

 さらにもう一歩距離を詰め、空いた右手でその腰を抱き寄せた。


「お前、意外と無防備だな……」
「っ、……恭吾くん、」
「俺に何されても文句言わないって約束だろ」
「……、……」


 ゆあの顔が徐々に赤く染まっていくのが、目に見えてわかった。
 やけどしそうなほどの熱がこちらにも伝わってくる。
 
 そういう顔もできたのか。
 知らなかった。

 「………可愛い」

 周囲の喧騒や雨音さえも遠のき、世界がだんだんとふたりだけのものに変わっていく。


 昔から雨が嫌いだ。
 鬱陶しい湿気が頭痛を誘うし、部活は休みになるし、あの日を思い出すし。なにより、……何度もゆあを傷つけてきたものだから。
  
 今度こそ邪魔されないように傘を深く傾けて、俺はそっと唇を落とした。



「ざまあみろ」