指示通り駅中のスタバに行くと、当然だがゆあがいた。

 4人並んだカウンター席の一番右。入り口にいる俺から見れば一番遠い位置に座っている。

「お、深町! いやーっ悪いね、まじでありがと!!」

 笑顔で椅子から下りてきたのは、先程の通話の男だ。

 さっそくだが、『まじでありがと』は、こいつじゃなくゆあが言うべきセリフである。
 当の本人はあたり前に見向きもせず、残りの2人と楽しげに談笑しているが。

 おい、俺はお前の物を届けに来たんだぞ。
 ……少しぐらいこっち見ろよ。

「───おーい? 広瀬のスマホ、いいか?」

 顔をのぞき込まれたことで、自分が長い間じっとゆあを見つめていたことに気づいた。

「ああ……悪い、スマホな」

 そう言いつつ、手渡したスマホが相手の手に触れた瞬間、つい指先に力がこもり。
 もちろんすぐに手を離したが、渡したくないという気持ちが伝わってはいないだろうかと過剰な不安が襲う。

 密かに深呼吸をし、気を落ち着かせようたのもつかの間。

 「そうだ、深町も一緒になんか飲んでいかね? 届けてくれたお礼にオレ奢るよ」

 その瞬間、『なんでお前が?』と声が飛び出そうになった。
 
 通話を掛けるのも、スマホを受け取るのも、お礼を言うのも、俺に飲み物を奢ろうとするのも。
 なんで全部ゆあじゃなくお前なんだ、と。

 あー、もう色々とだめだ。
 ───『恭吾くん、久しぶり』
 あの瞬間から頭が確実におかしくなっている。
 さっさとしんだほうがいい俺は。

「……いや、いいよ。サンキュー、気持ちだけ受け取っとく」

 大げさなほどの笑顔を貼り付け、踵を返した。
 矢先のことだった。

「えっ!? ちょ、待っ、広瀬帰んの!?」
「スマホ戻ってきたし、もう長居する意味ないでしょ」

 そんなやり取りが聞こえ、つい足を止めかけた。
 
 いやだめだ。
 スルーしろ。
 俺には関係ないことだ。

 俺には関係ない……────

「急いで、24分の電車乗りたいから」

 すぐ背後で声がしたかと思えば、次の瞬間にはゆあが隣に並んでいた。

 呆気にとらているうちに、ゆあは早足でスタバの店内を抜け、駅ビルの通路を進み。
 そして出入り口の傘立てから、当然のように俺のものを抜き取った。

「この傘、まだ使ってんだ」
「……、どうだ驚いただろ」
「…………いや。知ってた」

 雨で結露したビルのガラスは外の景色を見せてくれない。そのせいかはわからないが、さっきから視界が全体的にがぼやぼやしている。
 
 すぐそばに、手を伸ばせば簡単に届く場所に、ゆあが立っている。
 まるで幼い日の夢を見ているようだった。