「美味しいー!あきちゃんの納豆炒飯、ママより美味しいー」

六歳先輩が無邪気な笑顔でサラッと毒吐いてるけど先輩今……それ言っちゃぁ……

「どうせママなんて納豆炒飯もとうもろこしの天ぷらも、カレイの煮付けも上手に作れないから……」

ほらね!?でもそんな難しいレシピを同じ土俵にあげないで納豆炒飯。イベント会場間違えたかな?くらい違うから。
地下アイドルとテレビでチェックの服着て歌って踊れるアイドルくらい違うから。てかとうもろこしの天ぷらって自宅で作れるの?自慢じゃないけど竹輪の天ぷらすら上手く作れない私なんですけど。

「ママ、愚痴とかいいから食べて早く元気出しなよ。泣いても笑っても明日から私達二人が頑張らないと」
「うぅぅ……」

六歳先輩が華葉子に激励しているが、多分私の慰めは必要ないと思うくらいに娘、本当にしっかりしてる。
特に覚えてるエピソードが、華葉子と六歳先輩と私と三人で一緒にお風呂に入った時、六歳先輩がまだ二歳の頃、浴槽に毛が浮いててその毛を無言ですくって浴槽のヘリに置き、両手でお湯で流した場面を見て私この子天才かと思ったもん。
二歳よ、二歳。

「この技、華葉子が教えたの?」
「教えたというか勝手に覚えた?」
「おふろにゴミがういてたらきちゃないでちょ!」

末恐ろしい子……
しかも浮いてる毛のこと、ゴミとして認識してるのもあぁこの子、人生ループしちゃってんなって本気で疑った。ちなみに現在進行形で疑ってる。

「駄目だ、入んないわ」

華葉子の前に置かれたドーム型の納豆炒飯が一口も食べられず、見たこともないテンションで私に「ごめん」と言い残してトイレに向かう。

きっと多分泣いてるんだろな。
六歳先輩、もといしっかり者の自分の娘の前できっとこれ以上泣いてる所を見せたくないんだろうなと瞬時で悟る。

「ごめんねあきちゃん。せっかく作ってくれたのに」
「いいよ、大丈夫」
「多分今まで専業主婦で過ごしてきたからこれからが不安なんだと思う。ブランクなんてせいぜい七年くらいなのにね」

……思わずそのまま話を進めそうになったが、あまりにも六歳とは思えない発言に違う意味で心配になる。
ていうか、保育園で先生ビックリさせてない?それ。
多分華葉子も娘も、きっと今は自分を保ててないんじゃないかな。
無理してるよね、だって不安だもんね、そうだよね。娘にいたってはちょっと素かもしれないけど。

心が壊れそうな程悩んだことは私にもある。
悩んでも悩んでも解決しない絶望のループにはまって眠れず、起き上がれず、会社に行けず。何をしても何を見ても涙が溢れた。
でもあの時慰めてくれたのはやっぱり華葉子だった。……だから今度は私が。

「ごめん、とりあえず帰るわ」

真っ青な顔してトイレから出てきた華葉子が六歳先輩に声をかけ、家に帰ると話す。華葉子の両親は健在で、とりあえず実家に住むことになったらしい。
「この年で親に世話になるとか負い目を感じるよ」そう話す華葉子の気持ちもよく分かる。実際私も今の年齢で両親と住むことには抵抗がある。勿論実家住みで上手くやっている人も沢山いるとは思うが、私はどうしても親に甘え、堕落し、自立心が欠けていく自信がある。

だって私……

実家が心地よ過ぎて横になったら最後、二度と動かないと思う。
「おかあーさーん!喉乾いたぁ!」って、母親パシりに使ってさも当たり前にコップに入った麦茶ゴクゴク飲んで「うっまぁー!」ってお礼無く叫んでた。
脱いだ服は洗濯機にぶちこめば、畳んで戻ってくる。お腹空いたと話せばチャッチャと料理、もしくわ外食に連れて行ってくれる。

幸せか!
何この快適……絶対太るコース。だから連休実家に帰る度に三キロ太るんだ。原因わかった、だって家の中はトイレ以外歩かないから。
そして帰る時に必ず母親に言われるの。

「もう来ないで」

愛のあるお言葉!裏を返せば「またおいで」と勝手に思って毎週土日帰ってたら、母親とうとう逃げて父親にガチで怒られました。
しかも正座で。三十超えてんのに。一応技術職でまともに給料貰ってんのに。怒られた。そしてちょっと泣いた。えっと、鼻水も出てたと思う。
それから同じ地域にいるのに盆と正月とちょっと長い連休の時にしか帰らなくなったから、華葉子の気持ちはよく分かるんだ。しかも、華葉子の両親どちらも教師でちょっと厳格というか、怖いというか、息が詰まるというか。
華葉子が出来ちゃった結婚した時も、両親ブチ切れて披露宴来なかったもん。あれは切なかったなぁ。それから少しずつ和解したとは聞いてたけど、結局不倫されて離婚したとなると、両親は華葉子を戸籍に傷がついたと怒る姿が安易に想像出来る。

この親子に行く場所があるの?
心休まる場所はあるの?

「華葉子、良かったら一緒……」
「あきちゃん、甘やかさないで」

六歳先輩ー!
こんな場面で大人の精神年齢発揮しないでぇ!

「晶子の家は1LDK。お互いのプライベートの空間も作れないし、いづれこの子も大きくなるから。ごめん大丈夫だから」

華葉子が続けて私に現実的な問題を話す。一緒に住むとかの提案は浅はかだったかもしれない。だけど放っておけないのは仕方ないじゃない。
何年親友だと思ってんの……
同じ制服、同じ色のカーディガンで加工も無いプリクラ撮って、笑って笑って笑いっぱなしで、出会えて良かったと心の底から思ったのに何も出来ない。
華葉子と、華葉子と瓜二つの娘をどうにかしてあげたい。

「……でもこのままじゃ」
「……子供をこれから一人で育てるのに甘えてられないの。大丈夫だから」
「……でも」

そんな時だった。
華葉子の心がいっぱいいっぱいなのは分かっていた筈だったのに。好物の納豆炒飯が食べたくて震えるとか、ちょっとそれ有名な歌詞をパロディにして歌手に謝れとか笑い合ってたのに、そんな納豆炒飯を一口も食べられないなんて、それほど辛いのは分かっていたのに。

「子供が居ない晶子には分かんないよ」

私と華葉子の中で極力触れないようにしていた内容。
決めていたわけじゃないのに、やっぱり何処かお互い遠慮しているタブーの話。

私はある病気で子宮を摘出していた。
七年付き合った男に言われた言葉。
「子供が産めないなら……」
子供が好きだった当時の男を責めることなどしない。悪いのは自分であり、すがることもお門違い。だけど苦しくて悔しくて、何故自分が?何故まだ子供を産んでいないのにと涙が止まらず心が荒れたあの頃。
別れた一年後に別れた男からの久しぶりの連絡に、私は一生分の涙を流した。

『元気か?身体は大丈夫か?一応報告しようと思って。俺、子供が出来て結婚することになった。お前も幸せにな。』

お互い嫌いで別れたわけじゃないから、この報告も多分七年分の情で大した意味は無いのだろう。
馬鹿だね、アンタ。私が子宮を摘出して泣いたのは子供が産めないからじゃない。

アンタの子供を産めなくて泣いたんだよ

そしてその絶望から助けてくれたのは華葉子だったんだよ

「私が晶子の子供になる」

笑ったよね。笑って笑って、高校生の時みたいに沢山笑って、そして泣いた。
そんな華葉子が私に今言っちゃったね。

子供が居ない晶子には分かんないよ



それは駄目じゃない?華葉子