『離婚することになった』
普段なら勤務中よっぽどのことじゃない限り携帯を見ない私が、午前十時半に鳴るLINEの通知に違和感を覚え、会社のデスクでスマホを開くと華葉子からの衝撃内容。
り、り、り、離婚!?
待て待て待て待て!
一回!一回落ち着こ!?
えーっと、おさらいするよ?華葉子が出来ちゃった結婚して、うんあれだ。私披露宴でスピーチしたんだよね。泣きすぎてぶっちゃけ何言ってるか分からなかったって乳出しながら、華葉子娘に授乳してる時に言われたんだよね。
うん、授乳ってさ、なんだろう?隠すって技がけっこう皆さん取得してる筈なんだけど、出てるねー?むしろこちらを見てるねーその乳首。
「右吸わせたら左も反応するから」
そうなんだ!?
だから右手に赤子、左手に哺乳瓶持ってたんだ!?
新手の暇潰しかと思って突っ込みづらかったというか、やっぱり見てるねーこちらをね?って乳首に問いかける所だったんだけど、その赤子が今や来年一年生になるそのタイミングで離婚とな!?
『何故?』
『旦那に女が出来たんだって。あ、元旦那になるのか。ややこしいな』
あの野郎……。
華葉子の旦那、もとい元旦那は大したイケメンでもなく安月給のくせに多趣味で、私が遊びに行くと必ず不快な顔をするイケスかない男だったが、くず!結局くず!顔にも生活面にも出てる立派なくず!
イライラしながら華葉子とLINEを進める私の指は早い早い。
『でも事後報告過ぎん?』
『晶子、忙しいし』
あぁもうそういう気遣い止めて!むしろそんな関係性じゃないよ私達。落ちてる!絶対この人のメンタル地の底まで落ちてる!
『今夜は納豆炒飯食べる?』
『うん、納豆持って行くわ』
好きな食べ物ランキングが更新したらしいがどうやらそれは本当らしく、その昔、高校を卒業して私が一人暮らしをしている大学時代に華葉子が遊びに来た時のこと。
「納豆炒飯作って欲しい。材料は買ってきたから」
そう言って白いビニール袋から取り出した食材は納豆のみ。
ビックリした、納豆ご飯食べに来たのかなってぶっちゃけ思った。炒飯ですよね?って聞こうかと思ったけど、何かこの世の終わりみたいな顔して納豆持ってるから、まるで禁断の納豆を持ってきてしまった村人Aみたいになってたから慌てて冷蔵庫開けたらいましたよ。
魚肉ソーセージ
しかもなんか四本入り二袋あって、合計八本あったことに自分の魚肉ソーセージ愛が強いことにビックリした。
確かに毎日作るお弁当の中身に必ずピンクがいるなと思ってたけど、突然の来客にも応じれる自分の準備の良さに感激すら覚える。
いつも通りの豆板醤入れたうっすら赤い色をした、しっとり納豆炒飯。
とりあえず部屋中炒めた納豆の臭いが充満して換気扇回したけど臭いを嗅いだ通行人、献立のメニュー冒険してない?みたいに思われたかもしれない。
小さなテーブルに盛られた納豆炒飯を食べた華葉子が、またしても一口食べて言葉を発する。
「……いい仕事してますねぇ」
あれ?なんかここに某有名な鑑定士がいるかもしれないぞ?
「……この味をいつまでも大切になさって下さい」
あれ?今絶対完全に意識して言っただろ?納豆炒飯を二人で食べながら話を聞いたらどうやら実習先でミスをしたらしく、しこたま先輩に怒られて落ち込んでいたらしい。
「ま、そんな時もあるよ」
「……おかわり」
「女二人なのに米二合炊いて作ったんですけど!?」
華葉子が喜んでくれるかなって炒飯をどんぶりに入れてドーム型で大盛りに出したのに、こちらのお客様が足りないとか申しております!
こうして年に数回、落ち込んだり嫌なことがあると華葉子は私の作った納豆炒飯を食べるのが日課になっていたが、今回の落ち込みレベルは相当ヤバい。
そもそも華葉子は仕事を辞めて専業主婦。何が凄いって旦那の親と同居してた。口には出したことないけどいわゆる一緒に暮らしていた認知症の旦那の祖母の介護要員だったと思う。
愚痴も吐かず(私にはしこたま吐いてた)弱音も吐かず(私にはしこたま吐いてた)切れることなく(手がつけられないほど暴れたことある)頑張って来た結果、認知症の祖母が亡くなると同時に旦那の浮気?
あり得んあり得んあり得ん!
これが計画的ならガバガバ過ぎるけどまんまと引っ掛かった華葉子がいたたまれないじゃないの。
私にスナイパーの技術があったらね、きっと打ってる。ズバン!とね、やってる。玉は一発ありゃ充分だとか世には痺れる名言が存在するけど、こちとら私情挟むと一発どころじゃない。買った弾は全てぶっぱなすと思う。
親の仇ならぬ、親友の仇に原型なんて残ると思うなよ?って言ってやりたい。
とりあえず急いで定時で帰ったらアパートの外で華葉子と華葉子娘が、エコバッグ持ちながら私の帰りを暗い顔して待ってる姿を見て、胸が苦しくなってとりあえず復讐屋さんて有ったかな?って思わずスマホを取り出しそうになったよ。
「……華葉子」
「……晶子」
あぁもう、なんでそんな顔してんだよ。クズと別れて良かったじゃんって本当は言いたいけど、華葉子の娘がいる手前、華葉子旦那の悪口は言ってはいけないと思う。そう思っていたのにまさかのカウンター。
「あ!あきちゃんおかえりなさい!ママってばクズパパと別れて良かったのに、落ち込んでてバッカみたいでしょ?慰めてあげてよ」
む、娘ーー!!
そうだった!華葉子の娘、人生何周目?ってくらい賢くて次元が違う!
今時の六歳の女の子はおませさんの子もいるけどなんかもう精神レベル成熟してないですか!?
情けないことに六歳の女の子に対して私の返答。
「お、おん……」
「とりあえずママにいつもの作ってあげてよ。あ、私には豆板醤入れないでね」
我々未熟でサーセン!
恥ずかしながら三十年以上生きてて、瞬時に切り替えというものがどうやら私とママには出来ていないようですパイセン。
華葉子を見たらあれ?こっちが六歳児だったかな?って思うくらいに酷い顔して泣いてた。とりあえず周りの住民の目もあるので部屋に上がらせる。
「あ、あきちゃんお構い無く」
六歳先輩が人様の家にお邪魔した時の「あ、」から始まる決まり文句を話し、ソファーで持参したゲームをし始める。なんだかまるで
「私のことは気にせず、落ち込んでるママを頼むね」
とか言われているような態度でって思ったけど、いや、六歳先輩口に出してたかな?華葉子の涙がダム決壊したかのように顔面が甚大な被害に遭っている。
「セクハラの舅とか、意地悪な姑とか認知症で刃物振り回す婆さんとか全部全部旦那と娘の為に頑張って来たのに、女出来たから離婚しようってなんなのよ!」
華葉子、悲痛の叫び。泣きながら私に訴えかけるこの言葉にもっと早くに気付いて助けてあげられたらって胸が苦しくなる。
「あきちゃん、多分愚痴長いから先にご飯作ってくれない?」
今すぐにー!!
私の胸の苦しみはとりあえず玉ねぎと共に刻んできます、六歳先輩!
絶対大盛りの方がいいかなと早炊き機能で三合炊き、いつもの様に目分量で出来上がる納豆炒飯。
ちなみに私の母親もあの時の彼氏Aではないが、
「炒飯に……納豆て」
って、以前台所を納豆臭にさせてちょっと引いてた。納豆だけに。
ちなみに何故年の離れた兄貴が作ってくれたかと言ったら、母の味でも父の味でも何でもなく、納豆入れたら美味いんじゃね?納豆って何でもの合うし的なノリで作った品物だった。
作った兄貴は、まぁ次はいれなくていいかな?って思ったらしいけど私は炒飯に納豆が入っていないと物足りない身体になってしまったから、華葉子とある意味同類かもしれない。