他己紹介始める前に、一つ確認させてください。
 私の順番──つまり、匿名他己紹介の順番は二番目になるんですよね?
 ということは、一番目の人はもう終わったという認識でいいですか? ……なるほど、わかりました。そしたら一番目の人からある程度は、あの時間に何があったかって聞いたりしてるんですかね。あ、そうです、あの地獄みたいな時間です。
 では、その点を踏まえて他己紹介入ります。
 ちなみに私は名乗らなくて……いいですよね、匿名ですもんね。ということは、私が二番目で、これから誰の他己紹介をするのかは、ここにいる香田さんだけがご存知ということですか。
 あの、すみません、もう一つお伺いしたいんですが、あの四人には匿名だという認識で合ってますか。すみません、ちゃんと確認だけしておきたくて。そうじゃないと、私が話したってバレちゃいますから。今更バレたところで、もう縁なんかは切れてますけど。
不思議ですよね、さっきまであれだけ熱い議論を交わしてたのに、もう他人だなんて信じられないです。
 前置きが長くなりました。他己紹介を始めます。
 私が紹介するのは鬼塚大樹くんです。彼、ラクロス部のキャプテンとして、チームワークを大切にしていたと言っていました。
 ただ、ちょっと気になる話があって……。
 ここだけの話にしてほしいんですが、実は、鬼塚くんが在籍していた時期のラクロス部では、マルチ商法の勧誘が行われていたという噂があったんです。部の内部で、特に新入生や後輩に対して、投資の話を持ち掛けてたらしいんですよね。
 絶対に儲かるとか、すぐに始めたほうがいいなどと誘い、投資を指南するデータとかを高額で買わせようとしていたとか。ただ、学生って何かとお金がないじゃないですか。まあ、だから投資を持ち掛けたりはするんでしょうけど。俺もいつかは金持ちになれるんだ、みたいな錯覚をさせるために。
 で、お金がないって言うと、学生ローンに連れて行かれるっていうのがパターンだったみたいです。大体五十万円とか言ってましたね。しかも、ぴったりくっつかれてるみたいなんですよ。誰かに相談させないための作戦みたいで。怖いですよね、もしこれ自分だったらって思うとぞっとします。だって、実際に儲かるわけないんですよ。結局のところ詐欺なんですから。
 そしたら、ネズミ講ってわかります? あ、そうですそうです。人を紹介すれば一人につきいくらかキックバックがあるよ、みたいなやつですね。学生たちって借金する身なので、何がなんでもお金を作ろうと思うじゃないですか。こういうの、親には大体相談できないって聞きますし。
 やっぱりバレるといろいろ面倒なところもあると思いますよ。あと、心配かけたくないとか、迷惑かけたくないとか。そういう優しい子ほど、つけ込まれやすいっていうか。
 他己紹介に入る前のあの時間でも、最初のほうで気になる発言をしていたんです。
 花屋さんが自分のアカウントに五十万のフォロワーがいるって話をしてたときなんですが、「その数、ちょっと俺にも分けてくれないか」みたいなことを言ってたんです。人脈がほしいとかなんとか言ってました。今思えば、また新たな顧客を作ろうとしてたのかって繋がるんですが、あのときはなんでそんなこと言うんだろうなとは気になったりして。
 ……さすがに本人には言えませんでした。会ったばかりでしたし、体格がよかったので、キレられたりしたら勝ち目ないかなって。
 ちょっと話が逸れちゃいましたけど、鬼塚くんの話ですね。
 実はこのときの首謀者が、当時のキャプテンだって噂なんです。この件は、鬼塚くんがキャプテンに就任する前の話という情報もありますけど、実際にどこまで関与していたのかは不明です。ただ、この噂が広がったことで、ラクロス部の評判は一時期大きく落ち込んでいて、関係者たちの間でも騒ぎになっていたらしいですね。
鬼塚くんがその勧誘活動にどの程度関わっていたかはわかりませんが、キャプテンという立場からすれば、その責任を免れるのは難しいんじゃないかという話もあって。
 あ、これってやっぱり採用に関わってきますか? なんだか告発したみたいな感じになっちゃいましたよね。でも、こういうのってどうせバレるじゃないですか。
 鬼塚くんも最後まで隠しておきたかったみたいです。あの紙を見たら観念たんでしょうね。会議室に現れた、はい、あの紙です。
 鬼塚くんの話を知ったのは、会議室にあったプリンターがきっかけだったんですよ。
 それにしても、すごいことを考えたなって思います。
 いきなりプリンターから、印刷された用紙が出てきて、その内容が私たちに関係するものであれば恐怖でしかないですよね。その前からプリンターの調子が悪いと香田さんが仰っていたので、最初は誤作動かなと思った人も多かったんです。
 そしたら、まさかの鬼塚くんのマルチ勧誘への疑いが書かれていたと。
 びっくりしちゃいますよね。
 やっぱり内定枠が一人ってなると、さすがに仲良しごっこなんて続けてられないじゃないですか。だから、どこかで裏切り者みたいなのが出るんだろうなって考えないわけではなかったんですけど。それに、他己紹介の時間が始まる前は、あの場にいる全員が内定を確信してたんですから。あ、長谷川くんだけは違ったんだ。あの人、最後までよくわからなかったです。まあ、長谷川くんは除くとして、ほかの四人は内定確定だって思ってました。
 もう私は落とされた身なので、もうなんでも喋っちゃいますけど。え、だってさっきの人が話していきましたよね。
 ……あはは。やっぱり全部筒抜けですかね。そうです、事実なので否定できないですし、ちょっと調べてしまえばわかりますから。
印象が違います?
 そうだと思いますよ。やっぱり猫かぶりな部分って誰にでもありますから。内定取るって戦争ですからね。自己PRとか噓つき大会じゃないですか。盛ってなんぼみたいなところありますよね。
 あ、そろそろ推薦のお話をしたほうがいいですか?
 いろいろ考えたんですが、最後まで決めることができませんでした。ああいうことがあったので、この人を推薦したいという気持ちが薄れてしまっていると言いますか。
 これじゃあ選考の役に立たないですよね。どうしよう、誰にしようか。
 ……うーん、推薦はなしでもいいですか?
 強いていうなら、という人もいないんです。私にとっては、もう全員がライバルであり、そして二度と関わりがある人たちでもないですから。そういう意味では、もう割り切って「誰も推薦したくありません」って言いきってしまったほうがいいかなと思っています。
 今の私、いろいろと吹っ切れてしまったので。
 そういう意味でも、今回の匿名他己紹介ってよかったと思います。あ、でも私がこういう話をしてたって誰にも言わないでくださいね。
やっぱり、最後まで“いい人”でいたいですから。