私が一人目なんですね。そっか、どうしようかな。
 森 果帆さんですよね。どこから話したらいいんでしょうか。彼女のことを最初から話すのはちょっと。でも、いい人でしたよね、彼女。最後まで“いい人”でいたかったんだろうなとは思います。全部、嘘だったことは信じられなかったんですけど、でもしょうがないことだと思います。
 森さんの気持ち、わからなくはないんですよ。
 今回は、短時間でいろいろなことに向き合わないといけなかったから。なんだか、一週間分の濃さがあったように思うんですけどね。
 就活って、本当の自分がどんどんわからなくなっていくんですよ。人より優秀でないといけないせいか、話を盛るなんて当たり前でしょうから。私もその一人ですけど。
 一番の犠牲者だったんじゃないですか。森さんが真っ先に落とされちゃいましたよね。絶望しただろうなあ。人を呪わば穴二つって言いますよね、だからしょうがないと言えばしょうがなかったと思います。
 え、匿名他己紹介の二人目って森さんなんですか。どんなことを話すんだろう。
 おかしいなと思ったのは、最終面接で聞いた自己PRです。
 なんかものすごい嘘をとんでもないスピードで構築していくなとは思っていたんですよね。別にそれが悪いとか、良いとか、私が判断するべきではないと思うんですが。ただ、どこかで聞いたことがある要素を、無理やり自分に当てはめてるから、なんというかチグハグだなと思ったりして。その内容が私の友人のものだったので気付けたんですが、今までにも何度もこうしてくぐり抜けてきたのかなと思うと……ちょっと、うん、そうですね。
 ここまで残ってる理由がよくわからなかったです。
 香田さんを含めて、面接官の方って何十人、いや何百人と見てきてるじゃないですか。それも何年と。だからもう、人を見る目っていうのが自然と磨かれるんじゃないかと思ってるんです。憶測で話してますけど、実際どうですか?
 ……そうですよね、やっぱり嘘ってわかりますよね。森さんの場合は特にだったんじゃないかなと思うんですよ。
 森さんの場合は、その嘘が目立っていたんじゃないかと思うんです。言葉の端々に違和感があったんですよね。彼女が話していた環境保護活動の話とか、あまりにも美談すぎたんです。そこまで完璧に成功している学生なんて、実際にはほとんどいないはずですから。どんなに優秀な人でも、必ず何かしらの失敗や葛藤があるものです。だから気を付けたほうがいいよ、と友人にアドバイスしました。森さんが、友人のアドバイス前のものをそのまま盗んでしまったので、完璧さの強いアピールになっていて残念だなと。どうして自分で改善しなかったんだろうと不思議でした。
 他の面接官もきっと同じように感じていたでしょう。彼女の話には、なんだか浮ついた部分があって、信じたいけれどどこか現実味が欠けている……そんな印象を受けますよね。
 もちろん、誰だって自分を良く見せたいと思うものです。就活の場では、特にそういう傾向が強まりますよね。でも、森さんの語り口は、単なる『アピール』を超えて、まるで自分自身が本当にその経験をしたかのように語るものでした。だからこそ、その矛盾や不自然さが目立ってしまったんです。
 森さんがあそこで無理に背伸びをせず、もっと自分らしい経験を素直に語っていたら、結果は違っていたかもしれません。どんな経験でも、正直さと真摯さが大事ですからね。彼女の本当の経験や、彼女自身の素の部分がもっと見えたなら、きっと違う評価が下されていたんじゃないかと思います。
 残念なことに、彼女は自分の可能性を過大評価し、作り話に頼ってしまった。もちろん、嘘をつくこと自体が問題ではありますが、それ以上に悲しいのは、彼女自身がそれで自分の本来の強みや魅力を埋もれさせてしまったことです。
 どこまでも自分と向き合い続けた結果が、あの森さんだったようにも思わないわけでもないです。認められないままだと、目の前の、特定の人だけをクリアすればいいという目標に変わってしまって、なんだかおもしろくもない話が出来上がるのも事実です。なんていうか、無難に終わってしまうんですよね。受け入れてもらえるような平均点を探しがちなんです。そりゃあ、ほかの人が同じ面接でいい結果を出していたら真似したくなる気持ちもわかります。
 一語一句同じなのはどうかなと思うんですけどね。最初は、少しだけ借りるつもりだったかもしれないんですよ。でも、繰り返していくうちに限度が曖昧になって、最終的に同じものでもいいかと判断してしまったように感じました。
 最終的に、森さんはこの経験をどのように受け止めたのかはわかりませんが、彼女が学んだことがあれば、それはきっと『自分自身でいることの重要性』だったのではないでしょうか。誰もが完璧である必要はないし、正直であることこそが、何よりも強い武器になるのですから。
 就活って怖いですよね。
 本当の自分がわからなくなるほど、自分と向き合わなければいけないんですから。
 それでも、自分に嘘をつくことほど怖いものはないと思うんです。
 人に嘘をつくのは、罪ですよね。だけど、自分に嘘をつき続けるのは、もっと罪深いかもしれません。
 就活が終わった後、本当の自分に戻れるのかな、なんて考えたりするんですよ。
 だけど、たとえ偽物だとしても、それが周りに評価されてしまえば、結果的にその偽りが自分になってしまうんですよね。
 SNSだって、似たようなものです。自分の良い部分だけを見せて、フォロワーを増やして。結局は、私自身じゃなくて、みんなが見たい理想の私を演じ続けてるだけ。
 でも、それって本当に悪いことなんでしょうか?
 だって、誰だって少しは自分を良く見せたいって思うじゃないですか。それに、少しぐらい自分を偽っても、結果が出ればそれでいいって思ってしまうこともある。私たち、そうやって競争して生きていくしかないんですよ。
 SNSでは、みんなが自分の一番いい瞬間だけを切り取って見せてる。リアルな自分じゃなくて、完璧な自分を演じる場みたいなもの。最初はそれが楽しかったんです。『いいね』が増えるたびに、自分が認められたような気がして……でも、それがだんだん重くなってきて。だから、フォロワーのためにもっと『いいね』をもらえるような投稿をしなきゃって、いつの間にかそのために生きてるみたいな感覚になってたんです。
 でも、結局それが私の一部になっちゃったんですよ。SNSの中の理想の私が、現実の私を飲み込んでしまった。『本当の自分』ってなんなんだろう、そう思うようになって……。だけど、もう戻れなかったんです。偽りの自分に頼ってるうちに、すっかりその自分が本物になっちゃったんだから。
 そうして、気づいたときには、もう自分が誰なのかなんてわからなくなってたんです。SNSの中で作られた私と、本当の私はもう切り離せなくて、どっちも私であるようで、どっちも私じゃないような気がして。
 だから、森さんを擁護するわけではないですけど、気持ちはすごくわかるんです。きついよね、しんどいよね、って共感さえしてしまいます。
 ついた嘘が、自分の一部になって、どこからどこまでが本当かわからなくなって、そうしているうちに、また新しい嘘をつく。繰り返すことで、本当の自分を見失う。
 森さんの他己紹介なのに、私の話が入ってしまいました。すみません、このまま推薦の話に移ってもいいですか。……はい、決まっています。
 私は──あ、番号なんですね。なるほど、でしたら五番の方でお願いします。
 なぜ、ですか。……そうですね、嘘ではあったんですが、ある意味で一番正直だったんじゃないかなって思うんです。その素直さは、よかったのかなと思います。
 あの、ひとつ聞いてもいいですか。
 私たちの、本当って、どこにあったんですかね。