・
・【14 溝渕さんの表情】
・
最近、溝渕さんがよく黙ってこっちを見ていることが多くなった。
まるで溝渕さんが前に話してくれた直子さんのように。
また、意図的なのか何なのか、本当に溝渕さんのことを客と思っているのか、陽菜はあんまり溝渕さんに話し掛けず僕にばかり話し掛けて漫才のようなことをしてこようとしてくる。
それが何だか溝渕さんは嫌なのだろうか、自分も仲間に入れてほしいということなのだろうか。
でも溝渕さんの表情から察するに、決して一緒に話したい感じではない。
むしろ何か考えていて、話し掛けないでほしいといった感じだ。
それがすごく気になる。
正直僕は溝渕さんと会話したいんだけども、無視してくれというようなオーラも溝渕さんは出している、と思ったところで、
「はいどうも! よろしくお願いします!」
と言いながら拍手しながら僕に近付いてきて、僕の隣に座った陽菜。
いや、
「漫才師なら座らないでしょ」
「だって信太が座ってるんだもん! じゃあもう座り漫才じゃん」
「そもそも漫才じゃないんだけどね、僕と陽菜はただ会話しているだけなんだから」
「いやいや、弥勒さんというお客さんがいるでしょ! あんちゃんが見てるよ!」
そう言って溝渕さんのことを指差した陽菜。
溝渕さんは軽く会釈をした。
「勝手に人をお客さん扱いしちゃダメだよ、溝渕さんは先輩なわけだし」
「いやいや! 喋る二人がいたら残りは全員お客さんでしょ! いい加減にしろ! どうもありがとうございましたー!」
「言いながら終わるんだ、いや終わるなら別にいいんだけども」
と僕が一応ツッコんでおくと、陽菜が僕に顔を近付けながら、こう言った。
「ほらほらほらー! 何かさっきから弥勒さんのことばっか見て! 相方を見てよ! アイコンタクト見逃すよ!」
「アイコンタクトもクソも無いでしょ、何の作戦も無いんだから」
「お客さんのことよりアタシを見て!」
「仮に溝渕さんがお客さんだったらお客さんのこと見ることも大切でしょ、多分」
「そういう笑い待ちみたいな高度なテクニックは今やらなくていいから! まずはアタシでしょ!」
「笑い待ちなんてテクニック知らないよ、知らない用語を出さないでよ」
と僕が言うと陽菜はちっちっちっと人差し指を立てながら、音を鳴らしてから、
「笑い待ちも知らないなんてまだまだ素人だねぇ、ベストアマチュア賞を狙いにいく感じ?」
「いやだから全然分からないよ、そんな意図的に専門用語ばかり使われても困るしかできないよ」
「アタシは信太を困らせる! だからもっと専門用語を使う!」
そう言って語気を強めた陽菜。
でも僕はもうなんとなく分かる。
なんとなく分かるくらいには陽菜と会話してきた。
陽菜は得意げにこう言った。
「漫才ってね! 結局! ボケとツッコミなの! いや専門用語すぎて分からないかぁ!」
「いや陽菜はベタすぎるよ、そう振った時は必ず逆をいくもんね」
「……えっ? ベタという言葉は何……?」
そう言いながらキョロキョロと目を泳がせた陽菜。
いや、
「それも含めてベタなんだよ、陽菜って全然分かんないところもあれば、分かりやすいところもあるよね」
「ザ・人間シリーズ!」
「それはまあ全然分かんないけども」
「まあアタシが死ぬ時はアタシのこと全部分かってよ、全部理解してから見送ってよ、そっちのほうが感動的でしょ?」
そう言ってウィンクしてきた陽菜。いやどういうアイコンタクトだよ。
僕はため息交じりに、
「というか、死ねる時ってくるのかな」
「今大事な部分は感動的なほう! アタシは感動的に死にたいよ!」
「死ねないのに高望みし始めちゃった」
「アタシがいなくなったら泣いてね!」
「静かになってせいせいするんじゃないの?」
「そういう毒舌は全然面白くないと思います。ネタを練り直しましょう」
そう諭すように、冷静に言った陽菜。
何だかちょっと本気でムッとしている感じだ。
でも僕としてはこれくらいのことが陽菜に言えるようになったので、関係としては良好だと思う。
そんなことを思いながら、チラリと溝渕さんのほうを見るとすぐさま陽菜が、
「だからアタシだけ見てよ! アタシで感動してよ!」
「いや感動する理由が無いから感動しないよ、絶対に。陽菜は映画とかじゃないでしょ」
「むしろ映画! 感動巨編なんだからね!」
そう自分のこと言えるって、ボケでもすごいと思う。自己評価が高いというかなんというか。
でも陽菜だって死にたいと思っていて。
自己肯定感が高い人は死にたいと言い出すイメージ無いけども、またそれとは別に理由があるんだろうな。
陽菜と会話していって分かった。
陽菜にはちゃんと言動に理由がある人だ。ただの電波じゃない。
きっと僕や溝渕さんのような何かがあるんだと思う。
でもその何かは聞いても答えてくれ無さそうだとも思った。
そんなことを考えながら、またつい溝渕さんのほうを見ると、溝渕さんが口を開いた。
「俺のことを気にしてもしょうがないよ」
「いやでも僕と陽菜、うるさくないですか?」
「いいや懐かしいよ」
そう言って少し俯いた溝渕さん。
間ができたので、陽菜がカットインしてくるかなと思ったら、陽菜は静かに溝渕さんのほうを見ていた。
すると溝渕さんが改めてといった感じに前を向いて、こう言った。
「陽菜さんは少しだけ直子に似ているから懐かしいよ」
すると陽菜が照れながら、
「弥勒さんの懐かしさを刺激してしまいました!」
と言って笑った。
陽菜はすぐに続けた。
「もっと懐かしくなってもらっていいですからね!」
それに対して溝渕さんは、
「いやまあ少しだけだけどね、直子に似ている感じは」
「そりゃ少しでしょ! 人間が違うんだから! 別の人間シリーズ!」
「でも明るい子がいるとちょっとだけ気分が上向くからいいね」
「おっ、もしかすると弥勒さんは生きたくなった感じですかぁ?」
「どうかな、でもちょっとだけ考えることもあったね」
そう言って優しく微笑んだ弥勒さん。
僕は気になって、少し掘り下げることにした。
「溝渕さんは今、何を考えているんですか?」
「やっと自分を客観的に見れているところだよ。有難う。詳しく言うともしかしたら邪魔になるかもしれないから言わないけども感謝はしているよ。信太くんと陽菜さんには」
そう言って自ら頷いた溝渕さん。
僕は正直意味が分からなかった。
溝渕さんは一体何を見ているのだろうか。
いや僕と陽菜しか見ていないはずだけども。
でも自分を客観的に見れている?
僕と陽菜を通してってこと?
あと感謝しているって何?
やっぱり意味が分からない。
まあそれも僕とは人間が違うからということだろうか。
そんなことを考えていると陽菜はニッコリと口角を上げてからこう言った。
「全然意味分からんけども、弥勒さんが幸せなら嬉しいね! 弥勒さんもじゃんじゃん幸せになって生きたくなって死んじゃってください! アタシは弥勒さんの死を願う!」
普通そんなこと言ったら喧嘩だけども、この状況はそれが一番の優しい言葉で何だか吹き出して笑ってしまった。
溝渕さんも笑ったし、言った本人である陽菜も笑った。
三人の笑い声が何も無い、真っ白な空間に響き渡った。
・【14 溝渕さんの表情】
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最近、溝渕さんがよく黙ってこっちを見ていることが多くなった。
まるで溝渕さんが前に話してくれた直子さんのように。
また、意図的なのか何なのか、本当に溝渕さんのことを客と思っているのか、陽菜はあんまり溝渕さんに話し掛けず僕にばかり話し掛けて漫才のようなことをしてこようとしてくる。
それが何だか溝渕さんは嫌なのだろうか、自分も仲間に入れてほしいということなのだろうか。
でも溝渕さんの表情から察するに、決して一緒に話したい感じではない。
むしろ何か考えていて、話し掛けないでほしいといった感じだ。
それがすごく気になる。
正直僕は溝渕さんと会話したいんだけども、無視してくれというようなオーラも溝渕さんは出している、と思ったところで、
「はいどうも! よろしくお願いします!」
と言いながら拍手しながら僕に近付いてきて、僕の隣に座った陽菜。
いや、
「漫才師なら座らないでしょ」
「だって信太が座ってるんだもん! じゃあもう座り漫才じゃん」
「そもそも漫才じゃないんだけどね、僕と陽菜はただ会話しているだけなんだから」
「いやいや、弥勒さんというお客さんがいるでしょ! あんちゃんが見てるよ!」
そう言って溝渕さんのことを指差した陽菜。
溝渕さんは軽く会釈をした。
「勝手に人をお客さん扱いしちゃダメだよ、溝渕さんは先輩なわけだし」
「いやいや! 喋る二人がいたら残りは全員お客さんでしょ! いい加減にしろ! どうもありがとうございましたー!」
「言いながら終わるんだ、いや終わるなら別にいいんだけども」
と僕が一応ツッコんでおくと、陽菜が僕に顔を近付けながら、こう言った。
「ほらほらほらー! 何かさっきから弥勒さんのことばっか見て! 相方を見てよ! アイコンタクト見逃すよ!」
「アイコンタクトもクソも無いでしょ、何の作戦も無いんだから」
「お客さんのことよりアタシを見て!」
「仮に溝渕さんがお客さんだったらお客さんのこと見ることも大切でしょ、多分」
「そういう笑い待ちみたいな高度なテクニックは今やらなくていいから! まずはアタシでしょ!」
「笑い待ちなんてテクニック知らないよ、知らない用語を出さないでよ」
と僕が言うと陽菜はちっちっちっと人差し指を立てながら、音を鳴らしてから、
「笑い待ちも知らないなんてまだまだ素人だねぇ、ベストアマチュア賞を狙いにいく感じ?」
「いやだから全然分からないよ、そんな意図的に専門用語ばかり使われても困るしかできないよ」
「アタシは信太を困らせる! だからもっと専門用語を使う!」
そう言って語気を強めた陽菜。
でも僕はもうなんとなく分かる。
なんとなく分かるくらいには陽菜と会話してきた。
陽菜は得意げにこう言った。
「漫才ってね! 結局! ボケとツッコミなの! いや専門用語すぎて分からないかぁ!」
「いや陽菜はベタすぎるよ、そう振った時は必ず逆をいくもんね」
「……えっ? ベタという言葉は何……?」
そう言いながらキョロキョロと目を泳がせた陽菜。
いや、
「それも含めてベタなんだよ、陽菜って全然分かんないところもあれば、分かりやすいところもあるよね」
「ザ・人間シリーズ!」
「それはまあ全然分かんないけども」
「まあアタシが死ぬ時はアタシのこと全部分かってよ、全部理解してから見送ってよ、そっちのほうが感動的でしょ?」
そう言ってウィンクしてきた陽菜。いやどういうアイコンタクトだよ。
僕はため息交じりに、
「というか、死ねる時ってくるのかな」
「今大事な部分は感動的なほう! アタシは感動的に死にたいよ!」
「死ねないのに高望みし始めちゃった」
「アタシがいなくなったら泣いてね!」
「静かになってせいせいするんじゃないの?」
「そういう毒舌は全然面白くないと思います。ネタを練り直しましょう」
そう諭すように、冷静に言った陽菜。
何だかちょっと本気でムッとしている感じだ。
でも僕としてはこれくらいのことが陽菜に言えるようになったので、関係としては良好だと思う。
そんなことを思いながら、チラリと溝渕さんのほうを見るとすぐさま陽菜が、
「だからアタシだけ見てよ! アタシで感動してよ!」
「いや感動する理由が無いから感動しないよ、絶対に。陽菜は映画とかじゃないでしょ」
「むしろ映画! 感動巨編なんだからね!」
そう自分のこと言えるって、ボケでもすごいと思う。自己評価が高いというかなんというか。
でも陽菜だって死にたいと思っていて。
自己肯定感が高い人は死にたいと言い出すイメージ無いけども、またそれとは別に理由があるんだろうな。
陽菜と会話していって分かった。
陽菜にはちゃんと言動に理由がある人だ。ただの電波じゃない。
きっと僕や溝渕さんのような何かがあるんだと思う。
でもその何かは聞いても答えてくれ無さそうだとも思った。
そんなことを考えながら、またつい溝渕さんのほうを見ると、溝渕さんが口を開いた。
「俺のことを気にしてもしょうがないよ」
「いやでも僕と陽菜、うるさくないですか?」
「いいや懐かしいよ」
そう言って少し俯いた溝渕さん。
間ができたので、陽菜がカットインしてくるかなと思ったら、陽菜は静かに溝渕さんのほうを見ていた。
すると溝渕さんが改めてといった感じに前を向いて、こう言った。
「陽菜さんは少しだけ直子に似ているから懐かしいよ」
すると陽菜が照れながら、
「弥勒さんの懐かしさを刺激してしまいました!」
と言って笑った。
陽菜はすぐに続けた。
「もっと懐かしくなってもらっていいですからね!」
それに対して溝渕さんは、
「いやまあ少しだけだけどね、直子に似ている感じは」
「そりゃ少しでしょ! 人間が違うんだから! 別の人間シリーズ!」
「でも明るい子がいるとちょっとだけ気分が上向くからいいね」
「おっ、もしかすると弥勒さんは生きたくなった感じですかぁ?」
「どうかな、でもちょっとだけ考えることもあったね」
そう言って優しく微笑んだ弥勒さん。
僕は気になって、少し掘り下げることにした。
「溝渕さんは今、何を考えているんですか?」
「やっと自分を客観的に見れているところだよ。有難う。詳しく言うともしかしたら邪魔になるかもしれないから言わないけども感謝はしているよ。信太くんと陽菜さんには」
そう言って自ら頷いた溝渕さん。
僕は正直意味が分からなかった。
溝渕さんは一体何を見ているのだろうか。
いや僕と陽菜しか見ていないはずだけども。
でも自分を客観的に見れている?
僕と陽菜を通してってこと?
あと感謝しているって何?
やっぱり意味が分からない。
まあそれも僕とは人間が違うからということだろうか。
そんなことを考えていると陽菜はニッコリと口角を上げてからこう言った。
「全然意味分からんけども、弥勒さんが幸せなら嬉しいね! 弥勒さんもじゃんじゃん幸せになって生きたくなって死んじゃってください! アタシは弥勒さんの死を願う!」
普通そんなこと言ったら喧嘩だけども、この状況はそれが一番の優しい言葉で何だか吹き出して笑ってしまった。
溝渕さんも笑ったし、言った本人である陽菜も笑った。
三人の笑い声が何も無い、真っ白な空間に響き渡った。