甲斐は声をあげてはしゃいだ。歌が抜群に上手い友人の気持ちに報いる為に口角をキュッと上げて微笑み返す。甲斐が自分のスマホを差し出した。

『なぁ、なぁ、このコンテストに一緒に応募しようぜ』

 大手の芸能事務所が大規模なオーディションを開いていた。優秀な人は芸能界デビュー出来ると記されている。子犬みたいな可愛い顔の甲斐が、目を輝かせて楽しげに言った。

『オレはボーカル部門にチャレンジするわ。おまえはパフォーマー部門にチャレンジしろよ。お互い、がんばろうぜ!』

『ああ……。うん』

 けれとも、応募するにも五千円の参加費がかかると気付いて急にテンションが下がったのだが、知り合いの店でバイトすれば何とかなりそうだった。最終選考まで行くとなったら交通費も必要になる。臨時収入が欲しい。
 
 ふと、近所の自治体が主催する公募が目に入った。エッセイの優勝賞金は三万円。当時のオレにとっては、とんでもなく魅力的な金額だった。

 作文・エッセイのテーマは『切ない話』となっている。参加資格は十代限定で、しかも、ペンネームでも構わないという。

 貧乏なオレが妹の誕生日を盛り上げる為に四苦八苦するという内容にした。自宅にクーラーがなくて苦労している事や衣服はすべて福祉団体からのもらいものだとか、公園の花の蜜を吸う事で糖分補給するとか、そういう貧乏なエピソードを綴った。

 タイトルは、『ハッピーバースデー』

 イニシャルをKにした。甲斐との友情のシーンを挟んだ。オレと甲斐の二人でーディションに挑むぞと決意するところで作文を締めくくっていたのである。

 あざとく、希望を持たせるような余韻を持たせた。ちなみに、オレの惨めな生活を綴った作文の終盤の文章はこんな感じである。

【いつか、ここから大きな世界へと飛び立とう決意する僕の心に未来へと虹の架け橋が伸びたような気がしました】

 それが、まさか、後に読み上げられるなんて……。

        ※

「いつか、ここから大きな世界へと飛び立とう決意する僕の心に未来へと虹の架け橋が伸びたような気がしました」

 女教師が情感と余韻を残してラストの一行を呟いて締めくくる。読み終えた後、スーッと生徒の視線を集めるような顔つきで教室を見渡したのである。

「はい。これで、この作文は終わります」

 ミーンミーン。校庭の木に生息している蝉の声がやかましい。閉め切った教室は涼しいが、窓の外はサウナ風呂のような酷暑なのだ。景色も先生達の車も熱気を帯びても歪んでいるように見える。

 オレは校庭全体を見下ろす三階の教室の窓際の席にいる。花壇に横並びしている向日葵やマリーゴールドが明るく咲き誇っている。夏真っ盛りの午後。この時ばかりはクーラーの涼やかな送風の音が聞こえるぼどに教室中がシーンと静まり返っていた。

 高校の現代国語の担任の女教師が作文を読み終えると気分を引き締めるようにトンと教壇を叩いた。