彼女の叔母さんにあたる磯貝さんはカトリックの教会が母体になっているボランティアスタッフの一員だった。オレは無神論者だが、オレの母は熱心なクリスチャンで、毎週、教会に通っていたので、その関係でオレは磯貝さんを手伝うようになったのだが、磯貝さんは、時々、気まぐれにクッキーを焼いてプレゼントしてくれる。ホームルーム直前にオレは高円さんに伝えた。

『ありがとうって、叔母さんに伝えてもらえるかな』

『山田君、いつもボランティア頑張ってるって聞いてるよ。すごいね。ほんと、尊敬する』

 高円さんに褒められると胸の奥がチクリと痛くなる。高円さんは誤解している。オレは自分の為にやっている。けれど、いつものように口角を上げて頷いた。

『あ、ありがとう』

 ごめん。オレは天使のように清らかな高円さんに対して見栄を張り続けている。オレはいい人なんかじゃないのに……。

 その日のお昼休み、教室の片隅でクッキーに齧り付いているオレを見かけた村上が凄みのある顔で近付いてきた。

『おい、それ、誰からもらったんだよ?』

 なぜ、詰問されなくてはいけないのか理解に苦しみなが問い返した。

『べ、別に、誰でもいいだろう』

 本当のことを言っても良かったが、どうしてボランティアをしているのか尋ねられると困るのだ。貧しさを知られたくなくて曖昧な顔つきで黙ってると、村上が憎々しげに言った。

『おまえ、マジでうぜぇ』

 カチンときたが、先月のように村上と言い争いたくなかった。無理に微笑み返すと、村上は、イラついたように舌打ちをした。そして、飲みかけのフルーツ牛乳をグシャッと握り締めてゴミ箱に捨てようとした。よせばいいのに、オレは言わずにはいられなかった。

『まだ中身が残ってるぞ』

『うっせぇな、飲みたくねぇんだよ』

 それなら残りはオレが飲むぞと言いかけたが、さすがに喉元で言葉が詰まった。浅ましさに気付いたオレは赤面していた。気まずさを持て余し、ムスッと黙ったまま教室を出た。へこまずにはいられなかった。身体の中に砂嵐が吹いているようだった。

 何なんだよ。いつも上から目線で馬鹿にしてくる村上を見ていると、どんとん自分が惨めに思えてくる。

 学校の屋上へと続く階段に座り込んで頭を抱えていた。妹の為にも強くなりたかった。情け無い気持ちを振り払いたくて自らを鼓舞するように言い聞かせる。

 笑え、笑え! 笑い飛ばして頑張ろうと呪文のように唱えながらクッキーを食べ終わった頃、村上とのやりとりを聞いて心配して探しに来てくれた甲斐が屋上にやってきて肩をトンと叩いた。

『よく分かんないけど気にするなよ。村上は傲慢なんだよな。モテるからって勘違いしてやがる。オレから見れば、おまえの方が背が高いしダンスも上手いし、断然、イケてるぜ』

 お世辞だと分かっていても心に染みる。甲斐がオレの腹筋にポンと拳を入れてはしゃいだ。

『おおっ! 六つに割れてるな。相変わらず、すげぇぞ! マジ、カッコいいぜ。おまえみたいになりてぇーーーー』