凄まじい形相をしていたに違いない。別に、正義心に突き動かされてやったのではなくて、単に自分が食べたかっただけなのだ。

『ああ、勝手にしろ』

 村上は、いささか気圧されたように呟いてから立ち去った。

『おい、山田、どうした?』

 甲斐に問われたオレは困ったように口ごもる。

『あっ、いや、ごめん。オレ、こういうのを捨てるのが許せなくて』

『そうだよな。きっと、チョコレートを渡した女子も先刻の場面を見たら悲しむよな。あいつ、顔がいいからってさ、いつも調子こいてるよな』

 そんなやりとりをした後、オレは、みんなの視線から逃げるようにして帰宅したのである。アパートの一室にでチョコレートを食べようとしたが、もちろん、食べるのは少しだけだ。残りは、妹に渡すつもりだのだが、ふっと思い出してハッとなった。

 もうすぐ妹の誕生日だと気付いた。小学生の妹のクラスの女子の仲良しグループは各家庭でお誕生会を開いており、毎年、オレが激安のパンケーキミックスでケーキと料理を作る事にしている。このチョコレートは、その時に、妹のお友達に振舞おうと思いながらも、今年はどうしようかと途方に暮れていた。その頃、妹が歯医者に通っていたので何かと物入りだった。

 アパートの隣には物腰の柔らかなベトナム国籍の中華系の夫婦が暮らしていた。彼等は、公園の鳩や鴨を勝手に捕まえて自宅で捌いて食べていた。山間部から出稼ぎにきた人達だ。オレの事を可愛がってくれていた。何度か彼等の密猟に付き添っている。

『ねぇ、今夜も僕を連れて行ってよ。お手伝いするよ』

 妹のお誕生会の御馳走になる水鳥が必要だと感じていたオレは中華系の夫婦に同行した。こっそりと、鴨とアヒルに狙いを定めて狙っていたのだが、たまたま、その日は邪魔が入ったのである。

『こらーっ! おまえ等、何をやってる!』

 一瞬、おまりさんが来たのかと思い、夫婦は先に逃げたけれども、水鳥を抱かかえていたオレは逃げ遅れてしまっていた。

『おい、おまえ! アヒルを殺したのかよ』

 誰かに背後から羽交い絞めにされて動けなくなり、ムオッと獣のような匂いがしまして振り向くとホームレスのおじさんがいた。公園に簡易テントの小屋を建てて夜露を凌いでいる人達の一人だ。毛深く四角い顔の小柄なホームレスには東北出身と思わせる優しい訛りがあった。

『おい、おまえ、動物虐待をするなんて最低だぞ』

 オレの手には二羽の死骸がブランとふらさがっている。他人の眼からは子供が気まぐれに殺したように見えるらしい。オレのヨレヨレのTシャツは鳥の羽と血で汚れている。ゾッとするような光景に違いない。哀しい気持ちで目に涙を浮かべながら訴えた。

『違うよ! 虐待じゃないよ。鳥を焼いて食べるんだよ! 明日、みんなで食べるんだよ! 食料だよ。僕の家は貧乏なんだ』

 だからといって、野鳥を殺してはいけない事は理解している。けれども、妹のパーティーに来るのは全部で七人。美味しい肉が必要だった。母さんには、優しい中華系の夫婦が分けてくれたと言うつもりだった。