その声が村上に聞こえたのか、村上は少し顔を引き攣らせた。チビというのが、あいつのコンプレックスのようだ。

『体型だけ見てみると、あっちの男子の方がいいよね。身長は高いし足も長いし背中の筋肉もいいわ』

 なぜか、高身長の女子高校生がオレに注目した。すると、その隣りにいる女子高校生が肩をすくめてプッと吹いた。

『いやぁ~、顔が地味じゃね? つーか老けてるわ。高校生とか大学生に見えるよ』

 地味だと言われても傷付かなかった。キャーキャー言われるような顔ではないと分かっている。

『従者キャラだよね。犬で例えるなら秋田犬だわ。王子の護衛官とかやったら似合いそう』

 それを耳にしたオレは複雑な気持ちになり目を伏せる。

『きゃっ、言えてる。王子の背後で槍とか持ってたら似合うわ。命がけで守りそう』

 まさかと、オレは心の中で否定する。村上の護衛だけははごめんだ。中学一年のマラソン大会の時、オレが一位でゴールした時、村上は二位だった。あいつはゼェゼェと肩で息をしながら恨みがましい目で睨んでいたのだ。
 
 そんな訳で、村上の側には近寄らないようにしていたのだが、ある時、事件が起きてしまう。

 中学三年生の三月期。バレンタインデーの放課後。イケメンの村上がチョコレート包装紙を開けることもなく、無造作に教室の隅にあるゴミ箱を投げ込んだのを見かけた瞬間、カッとなり、思わず声を荒らげて村上の肩を掴んでいたのである。

『おまえ、何やってんだよ!』

 高級なデパートの包みにくるまれたベルギー製のチョコレートだ。捨てるなどもってのほかだ。オレが睨むようにして見下ろしていると、村上は顎を上げると、オレの肩を突き飛ばしたのだ。

『うっせぇな。好きでもない奴からのチョコなんていらねーから捨てるんだよ! なんか問題あんのかよ!』

 あるに決まっている。チョコレートを腹いっぱい食べたくても食べられないオレにとっては許せない行為だった。こいつの父親は投資家で、こいつの家族は年末年始はハワイで過ごしている。

 オレは、父を失ってからというもの家族旅行など一度もしたことがない。おまえのような苦労知らずのお坊ちゃんにオレの気持ちが分かってたまるか。腹の中が熱く破裂したような怒りが込み上げたオレは語気を荒げて詰め寄る。

『何で捨てるんだよ? ふざけるなよ!』

『もしかして、おまえ、地味な文芸部のオタク女のことが好きなのか? 趣味、わりぃな』

『そんなんじゃねぇよ!』

 恋する乙女心? オレにはどうでもいい。バレンタインデーなんて、そんなのは、日々の暮らしに余裕のある者が興じる娯楽だ。

『食べ物を粗末にするなよ!』

 頭に血が昇ったオレが村上の背後に設置されていたロッカーを拳で力任せに殴っていた。バンッという音に驚いたクラスの奴等が遠巻きに見つめていた。妙な空気が生まれている。我に返ったオレは低く唸るようにして告げた。

『おまえが食わないなら、オレが食うぞ。いいな』