貧乏なのにオレは身長が高かった。中学生なのに高校生と間違われた事があるけれど、実際には無力な子供のままだった。

 小学三年からずっと傍らにいる親友の甲斐は明るくて歌が上手かった。

 中学の三年間、ずっと甲斐と同じクラスでいられた。それはオレにとっては幸せな事だった。

 お昼休み、オレと甲斐は体育館へと繋がる渡り廊下に向かう事が日課になっていた。甲斐が、ハイトーンボイスはまじでカッコいい。

 甲斐の後ろ躍り、共にパフォーマンスを高めていく。それが、オレと甲斐との遊びだった。いつしか、通りかかった女子達が頬を高揚させてスマホをかざして動画を撮るようになっていた。オレも自分がスマホを持っていたら、ダンスの動画をアップしていたのかもしれない。

 甲斐の歌に合わせて、男子だけのグループの踊りを完コピして披露してみせると、クラスの女子が興奮したように目を輝かせた。手を叩いて盛り上げてくれた。ちよっとしたコンサートのような状態になり、次第にギャラリーが増えていった。もちろん、主役は甲斐だけど、甲斐の後ろで他の二人の仲間と共に踊った。スコーンと胸が突き抜けるように心地良かった。

 キャーッという歓声の中にこんな声が混ざるようになっていたのだ。

『ブラボー。まじでカッコいいじゃん。特に、山田のパーフォーマンスが最高だわ。身長が高いか映えるよね。ひょっとして、バク転とかできんの?』

 おだてられると嬉しくなり、三連続のバク転を披露する。体操着のシャツの裾がめくりあがりヘソが丸出しになると、女子達が浮かれように黄色い声でキャーッと叫んだ。照れ臭さと、ある種の高揚感を放出しながら、キレキレのダンスを続けていたのだが……。

『だっせぇーよな。山田の奴、サーカスにでも就職すればいいんじゃね?』 

 渡り廊下の柱に寄りかかって腕組みしている村上の声が聞えてきた。湿った感じの悪意が目の端や声音の底に滲んでおり、オレの心は一気に翳った。

『あんな奴がカッコいいなんて、マジでありえねぇわ……』

 どうやら、オレは村上に嫌われているらしい。村上は少女漫画にいそうなイケメンで金持ちだった。きっと、オレみたいな貧乏臭い地味な奴が、束の間であろうとも、自分より目立った事が気に入らないのだろう。
 
 村上はリア充。オレはモブキャラ。そんなのは分かっている。

 村上は、太っている冴えない男やオタク丸出しの女子を見て鼻先で笑うような奴だった。どう見ても性格が良いとは言えかった。それでも、女子から王子と呼ばれていた。

『王子、いるね。マジでカッコいいよね☆ 年下もいいかもって感じ』

 通学中の電車の中で他校の女生徒がウキウキしたように村上を見つめるというのは当たり前過ぎる光景なのだが、あの時、ひとしきり村上を褒めた後、こんな言葉を呟いたのだ。

『でも、惜しい。身長、百七十センチもなさそうだね。バスケ部のあたしより、チビだわ』

『いやいや、あんたがデカ過ぎるのよ。王子は中学三年だもん。これから伸びるわ』