原稿を二つとも提出し、これでしばらくは大丈夫だろうと、師匠と二人、胸を撫で下ろしていると、数日後、担当編集から電話があった。あまりにも早い対応だったので、やはりダメなのかと諦めムードで電話に出ると、電話の相手は物凄く興奮していた。

 担当の話を要約すると、「どちらも今までになく良い。もう書き上がっているのだから、二作品ともすぐにでも本にしたい」という。

 喜ぶべき称賛だったが、僕は冷静だった。内容が良いことは分かっている。世に出すべきだということも分かっている。しかし、僕の作品ではないのだ。僕は返事を保留にした。

「師匠、正直に言いましょうよ。これは紫式部の作品だって」
「名を記さねばならぬのなら、そなたの名を出しておけ。良い名なのじゃから」
「いや、だって僕はアシスタントをしただけですよ」
「そもそも、私の名を出したところで、信じる者などおるまい」
「まぁ、そうなんですけど……」

 結局は、僕名義で本を出すことを決断した。すると、驚くべきことに、「もう一作出しませんか? 一年で三冊。四ヶ月毎の刊行とかどうでしょう? 話題になると思うんですよ」などと吹っかけられた。

 その話に乗り気になった師匠を止める力など僕にはない。

 父に頼み込んで、師匠の憑代である紫水晶ドームを譲り受けると、僕は、水晶とパソコンだけを持って、1LDKへ簡単に引越しを済ませた。

 そして、僕たちは、執筆の日々に明け暮れた。一作仕上げる毎に師匠はドームに籠る様になったので、その間に僕は自分の作品を書き進めた。師匠が出てきたら、新たな作品を仕上げる。そうして、僕たちはストックを増やしていった。

 僕たちの本は三作の連続刊行を終え、出版業界を大いに賑わせていた。今は三作目の『この愛の果てに』が重版に次ぐ重版となっている。

 しかし、本が売れるほど、僕には焦りが生まれた。僕の実力ではないのに、自分の名前だけが一人歩きを始めた。実際の僕はその速さに追いつけないでいるのに。

「師匠~。戻りましたよ~。出てきて下さいよ~」

 僕は入口のすぐ横に置いてある、卓上の紫水晶ドームを一撫でして、紫水晶の窪みを覗き込んだ。程なくすると、空洞内のアメジストに、いくつかの小さな煌きが浮かび、部屋には白檀の香りが漂い始める。

「なんじゃ宣孝。私は、つい今しがた眠りについたところなのじゃぞ」
「すみません。起こしてしまって。」
「して、なんじゃ?」
「今、書店を覗いてきたんですが、『この愛の果てに』の売れ行き、好調みたいですよ」
「はて、なんじゃったかな? それは?」