「この道明寺粉、なんやつぶつぶしてるけど、このままでいいのかな」
「そのレシピサイトには、なんて書いてあるんや」
「特に書いてないんだよね」
「まあ書いてないんやったら、そのままでええんやろ」
買ってきた道明寺粉を計って、耐熱容器へ移す。そしていよいよ水に赤色素をいれる。
「なんか、これ……」
まずパッケージを開けるのにドキドキしてしまう。
「わかる。その箱が、そもそも料理感ないんやな」
高さ5センチほどの小さな箱。白地に上四分の一、下三分の一が赤く染められ、箱の中心に黒字で『食用色素』『赤』と書かれている。毒々しさが溢れていて、殺人現場にこれが落ちていたら、一瞬毒なのではないかと思ってしまいそうだ。
「中はどうなっとるんや」
春香の言葉に、いよいよ箱を開ける。小さなプラスティック製の乳白色のボトルと、小さな小さな薬さじが入っていた。蓋をまわす。
「赤い粉やな……。これで色が付くんか。絵の具みたいなもんやな」
薬さじでさくりと粉を掬う。
「どのくらい入れればいいんだろ」
「着彩の基本は、少量からや」
確かに、今はデジタルだからすぐに修正が出来るけど、アナログ時代のカラーイラストを描くときは、紙に薄く水を張ってそこに、少量の絵の具を垂らしたものだった。それを思い出す。
掬っていた粉を一度落とし、今度はさじの四分の一程度を拾い直して、それを水に溶かす。
「うわっ。赤い。思ってた以上に赤いんだけど」
「さすが赤色102号やな」
「なにその事件感溢れる数字」
「ここに書いてある」
パッケージの裏を見せられた。そこにはデキストリン85パーセント、食用赤色102号15パーセントと表記されていた。
「デキストリンって、聞き覚えがあると思ったらあれや」
「どれや」
「関西弁下手くそやな」
私がたまに関西弁を口にすると、ちょいちょいこうしたツッコミがくる。仕方がないじゃない。私は東京の生まれ育ちなんだから。でも、口にしたくなる大阪弁……。
「前に何かの記事で見た気がするんや」
春香がうんうんと唸っている。デキストリンデキストリン。そう口にしているのを聞いて、私の方が先に思い出した。
「ダイエット記事!」
「それや」
難消化性デキストリンだ。
「まぁ、それが何というわけやないけど」
「そうね」
笑いながら、色の付いた水を道明寺粉に入れる。これにラップをかけて5分電子レンジにかけるとレシピにはあった。
「レンジで出来るなんて、文明の利器はありがたい」
「蒸し器が必要かと思ったけど、これはええな」
じりじりとマイクロ波が発せられる音が聞こえる。
「あとは……あんこね。自分で作るの初めてなんだけど……こんな粉なの」
手元にある『さらしあん』と書かれた白い袋をじっと見る。光にかざすと、中が僅かに見えた。
「半分の量を鍋に入れる、っと」
袋を春香に手渡し、雪平鍋に入れて貰う。そこに砂糖をいれるのだけれど──随分と多い量だ。
「自分でこういうのやると、砂糖がどんだけ入っとるかわかって怖いわぁ」
「全く同感」
「……なんで私の腹を触るん」
「いや?」
口笛を吹いてごまかしたら、同じように触られた。お互い、柔らかい筋肉がそこにはある。あくまで筋肉なのだ。柔らかい。
水を加えて中火にかける。木べらでずっと掻き回すようにと指示があった。思っている以上に、重みがある。
だんだんと火が通ってきて、底からボコボコと沸いてくる。
「これ、なんや地獄の窯の中みたいなんやけど」
「まるでマグマじゃん。跳ねてるから気をつけてね」
春香はこくりと頷き、注意深く掻き混ぜる。少しかたくなってきたところで、残りのあんを追加し、塩をひとつまみ。最後は手早く掻き混ぜた。
「そろそろええかなぁ」
火を止めて、冷めるのを待つ間にリロリロと電子レンジが鳴る。
「こっちは、そのまま10分くらい放置でいいみたい」
私の言葉に、春香が時計をちらりと見て時刻を口にした。
「殺人現場に立ちあったみたいじゃない?」
「死体発見時刻の確認やんな」
思わず、サスペンスドラマの定番のメロディを口にしたら、春香まで一緒になって盛り上げてくれた。持つべき者は同じテンションの友である。
しばらく手が空いたので、二人で桜の葉のパッケージを見ていると、春香が「あ」なんて声を上げる。
「なにかあった? ネタでも思いついた? この流れなら『桜餅の謎』とか?」
「ミステリは私にはハードルが高いわ」
「もしもミステリの謎シリーズでも描くとなったら、『鰻重の謎』に『ステーキの謎』、それに『ウニ丼の謎』は外せないでしょ。取材のための食事をするなら、いくらでも付き合うよ」
「ただの楽しいお食事やろう、それは」
顔を見合わせ、ふくふくと笑う。
「それで」と促せば、そうやったそうやったと春香が笑いながらパッケージの一部を指さす。
「ほらこれ。塩抜きが必要みたいや」
「あれま」
見ると30分水につけるように、とパッケージに記載されている。慌てて水に浸した。
「ん、レンジもそろそろ良いかな」
時計を確認しレンジを開ける。
ラップを外すと、最初の粉が嘘のように水を含みモチモチとしている。
「魔法みたいやんな」
「くるりと回すステッキが必要になるね」
「コンパクトも必要や」
モチモチの上から砂糖をまぶし、手早く掻き混ぜていく。
「まだ熱いし、葉の塩抜きも終わってないから、しばらく放置しよ」
作業台に餡、道明寺粉の塊、桜の葉を並べる。味見で一つくらいは食べるので、今のうちにお茶の支度でもしておこうか。
ポットに水を入れてスイッチを入れる。窓の外を見れば、雨はまだ降っていた。
風はないので、花散らしの雨にはならないだろう。
「明日は晴れるとええなぁ」
私の後ろから、声が聞こえる。そのすぐ後に、にゃぁにゃぁと二匹の声も聞こえた。猫達も、晴れている方が嬉しいようだ。
ピーピーと今度はポットから音がする。沸いたようだ。ついでに道明寺粉の塊をチェックすると、だいぶ冷めていた。桜の葉をあげてペーパータオルで水気をとる。こういう時、何枚もペーパータオルを使ってしまうのが、なんだかもったいなくて、いつも良い方法はないかと考えてしまう。
「灯、はよ握ろ」
ワクワクした顔を隠さない春香は、両手をわきわきとさせやる気満々だ。
「まずは私が一個作ってみるね」
「それがええか。頼むわ」
手を砂糖水で軽く湿らせて、八等分にした塊を手に取っていく。くるくると玉を作り、はたと気付いた。
「餡も小分けにしといた方がいい?」
「私がやるわ」
素早く餡の前に移動し、小分けにしていく。が……それは少し多すぎないかな?
手元の玉の真ん中をへこませる。そこへ春香が作った餡子玉を入れ込み、周りから包む。包む……つつ……「春香、餡が多すぎだわ」やはり多かった。
気を取り直し、少しだけ餡を減らせば、うまく包み込むことができた。
「これを桜の葉で巻いて、と」
完成したものは、濡れ布巾の上へと置いていく。
「私もやりたい」
うずうずしていた春香が、颯爽と腕まくりをして参戦する。
二人で合計8個を包み、そのうち6個をタッパーに詰めた。そっちは明日の朝のお楽しみ。残りの2個は味見と称して今夜食べるのだ。
先程沸かしたお湯も、良い頃合いに冷めている。急須はないので、紅茶を淹れるポットで緑茶を淹れた。
炬燵に並び、目の前の桜餅を見る。つやつやとしたそれは、なんだか宝石のよう。すぐに食べるけど。
「あ、結構ええ出来やないか」
「うん。美味しい」
あれだけ砂糖をいれたというのに、餡はちょうど良い甘さだ。甘いものは人を笑顔にする。緑茶を飲みながら、再び窓の外を眺めた。
「明日には、晴れて欲しいね」
「うん。──ところで灯」
神妙な声でどうした。
「夕飯のこと、すっかり忘れた」
時計を見ればもう十時。意識をした途端に、お腹が鳴った。私だけかと思ったら、春香のお腹も鳴る。
「……インスタントラーメンあったよね?」
「先週たっぷり買い込んどったはず」
にんまりと笑い、どちらが作るかでじゃんけんを始めた。
「そのレシピサイトには、なんて書いてあるんや」
「特に書いてないんだよね」
「まあ書いてないんやったら、そのままでええんやろ」
買ってきた道明寺粉を計って、耐熱容器へ移す。そしていよいよ水に赤色素をいれる。
「なんか、これ……」
まずパッケージを開けるのにドキドキしてしまう。
「わかる。その箱が、そもそも料理感ないんやな」
高さ5センチほどの小さな箱。白地に上四分の一、下三分の一が赤く染められ、箱の中心に黒字で『食用色素』『赤』と書かれている。毒々しさが溢れていて、殺人現場にこれが落ちていたら、一瞬毒なのではないかと思ってしまいそうだ。
「中はどうなっとるんや」
春香の言葉に、いよいよ箱を開ける。小さなプラスティック製の乳白色のボトルと、小さな小さな薬さじが入っていた。蓋をまわす。
「赤い粉やな……。これで色が付くんか。絵の具みたいなもんやな」
薬さじでさくりと粉を掬う。
「どのくらい入れればいいんだろ」
「着彩の基本は、少量からや」
確かに、今はデジタルだからすぐに修正が出来るけど、アナログ時代のカラーイラストを描くときは、紙に薄く水を張ってそこに、少量の絵の具を垂らしたものだった。それを思い出す。
掬っていた粉を一度落とし、今度はさじの四分の一程度を拾い直して、それを水に溶かす。
「うわっ。赤い。思ってた以上に赤いんだけど」
「さすが赤色102号やな」
「なにその事件感溢れる数字」
「ここに書いてある」
パッケージの裏を見せられた。そこにはデキストリン85パーセント、食用赤色102号15パーセントと表記されていた。
「デキストリンって、聞き覚えがあると思ったらあれや」
「どれや」
「関西弁下手くそやな」
私がたまに関西弁を口にすると、ちょいちょいこうしたツッコミがくる。仕方がないじゃない。私は東京の生まれ育ちなんだから。でも、口にしたくなる大阪弁……。
「前に何かの記事で見た気がするんや」
春香がうんうんと唸っている。デキストリンデキストリン。そう口にしているのを聞いて、私の方が先に思い出した。
「ダイエット記事!」
「それや」
難消化性デキストリンだ。
「まぁ、それが何というわけやないけど」
「そうね」
笑いながら、色の付いた水を道明寺粉に入れる。これにラップをかけて5分電子レンジにかけるとレシピにはあった。
「レンジで出来るなんて、文明の利器はありがたい」
「蒸し器が必要かと思ったけど、これはええな」
じりじりとマイクロ波が発せられる音が聞こえる。
「あとは……あんこね。自分で作るの初めてなんだけど……こんな粉なの」
手元にある『さらしあん』と書かれた白い袋をじっと見る。光にかざすと、中が僅かに見えた。
「半分の量を鍋に入れる、っと」
袋を春香に手渡し、雪平鍋に入れて貰う。そこに砂糖をいれるのだけれど──随分と多い量だ。
「自分でこういうのやると、砂糖がどんだけ入っとるかわかって怖いわぁ」
「全く同感」
「……なんで私の腹を触るん」
「いや?」
口笛を吹いてごまかしたら、同じように触られた。お互い、柔らかい筋肉がそこにはある。あくまで筋肉なのだ。柔らかい。
水を加えて中火にかける。木べらでずっと掻き回すようにと指示があった。思っている以上に、重みがある。
だんだんと火が通ってきて、底からボコボコと沸いてくる。
「これ、なんや地獄の窯の中みたいなんやけど」
「まるでマグマじゃん。跳ねてるから気をつけてね」
春香はこくりと頷き、注意深く掻き混ぜる。少しかたくなってきたところで、残りのあんを追加し、塩をひとつまみ。最後は手早く掻き混ぜた。
「そろそろええかなぁ」
火を止めて、冷めるのを待つ間にリロリロと電子レンジが鳴る。
「こっちは、そのまま10分くらい放置でいいみたい」
私の言葉に、春香が時計をちらりと見て時刻を口にした。
「殺人現場に立ちあったみたいじゃない?」
「死体発見時刻の確認やんな」
思わず、サスペンスドラマの定番のメロディを口にしたら、春香まで一緒になって盛り上げてくれた。持つべき者は同じテンションの友である。
しばらく手が空いたので、二人で桜の葉のパッケージを見ていると、春香が「あ」なんて声を上げる。
「なにかあった? ネタでも思いついた? この流れなら『桜餅の謎』とか?」
「ミステリは私にはハードルが高いわ」
「もしもミステリの謎シリーズでも描くとなったら、『鰻重の謎』に『ステーキの謎』、それに『ウニ丼の謎』は外せないでしょ。取材のための食事をするなら、いくらでも付き合うよ」
「ただの楽しいお食事やろう、それは」
顔を見合わせ、ふくふくと笑う。
「それで」と促せば、そうやったそうやったと春香が笑いながらパッケージの一部を指さす。
「ほらこれ。塩抜きが必要みたいや」
「あれま」
見ると30分水につけるように、とパッケージに記載されている。慌てて水に浸した。
「ん、レンジもそろそろ良いかな」
時計を確認しレンジを開ける。
ラップを外すと、最初の粉が嘘のように水を含みモチモチとしている。
「魔法みたいやんな」
「くるりと回すステッキが必要になるね」
「コンパクトも必要や」
モチモチの上から砂糖をまぶし、手早く掻き混ぜていく。
「まだ熱いし、葉の塩抜きも終わってないから、しばらく放置しよ」
作業台に餡、道明寺粉の塊、桜の葉を並べる。味見で一つくらいは食べるので、今のうちにお茶の支度でもしておこうか。
ポットに水を入れてスイッチを入れる。窓の外を見れば、雨はまだ降っていた。
風はないので、花散らしの雨にはならないだろう。
「明日は晴れるとええなぁ」
私の後ろから、声が聞こえる。そのすぐ後に、にゃぁにゃぁと二匹の声も聞こえた。猫達も、晴れている方が嬉しいようだ。
ピーピーと今度はポットから音がする。沸いたようだ。ついでに道明寺粉の塊をチェックすると、だいぶ冷めていた。桜の葉をあげてペーパータオルで水気をとる。こういう時、何枚もペーパータオルを使ってしまうのが、なんだかもったいなくて、いつも良い方法はないかと考えてしまう。
「灯、はよ握ろ」
ワクワクした顔を隠さない春香は、両手をわきわきとさせやる気満々だ。
「まずは私が一個作ってみるね」
「それがええか。頼むわ」
手を砂糖水で軽く湿らせて、八等分にした塊を手に取っていく。くるくると玉を作り、はたと気付いた。
「餡も小分けにしといた方がいい?」
「私がやるわ」
素早く餡の前に移動し、小分けにしていく。が……それは少し多すぎないかな?
手元の玉の真ん中をへこませる。そこへ春香が作った餡子玉を入れ込み、周りから包む。包む……つつ……「春香、餡が多すぎだわ」やはり多かった。
気を取り直し、少しだけ餡を減らせば、うまく包み込むことができた。
「これを桜の葉で巻いて、と」
完成したものは、濡れ布巾の上へと置いていく。
「私もやりたい」
うずうずしていた春香が、颯爽と腕まくりをして参戦する。
二人で合計8個を包み、そのうち6個をタッパーに詰めた。そっちは明日の朝のお楽しみ。残りの2個は味見と称して今夜食べるのだ。
先程沸かしたお湯も、良い頃合いに冷めている。急須はないので、紅茶を淹れるポットで緑茶を淹れた。
炬燵に並び、目の前の桜餅を見る。つやつやとしたそれは、なんだか宝石のよう。すぐに食べるけど。
「あ、結構ええ出来やないか」
「うん。美味しい」
あれだけ砂糖をいれたというのに、餡はちょうど良い甘さだ。甘いものは人を笑顔にする。緑茶を飲みながら、再び窓の外を眺めた。
「明日には、晴れて欲しいね」
「うん。──ところで灯」
神妙な声でどうした。
「夕飯のこと、すっかり忘れた」
時計を見ればもう十時。意識をした途端に、お腹が鳴った。私だけかと思ったら、春香のお腹も鳴る。
「……インスタントラーメンあったよね?」
「先週たっぷり買い込んどったはず」
にんまりと笑い、どちらが作るかでじゃんけんを始めた。