翌日の昼下がり。今回は春香も一緒に味噌を作ることにした。有里氏は私たちの後ろで監督役。

「浸してた水は捨てて、圧力鍋に移して。ひたひたになるくらいまで水を加えて、だいたい20分くらい加圧」

 以前持っていた圧力鍋は、ちょっと怖かったので我が家は安心安全の電気圧力鍋だ。これなら目を離していても問題ない。圧力鍋特有の、あのプシューってするのが怖いんだよね。
 途中様子を見に行ったら、少し音が出ていた。それを三人で見守っているのが奇妙でおかしい。

 皆で料理をするというのも、悪くない。いつもは、私か春香が適当に作るんだよね。
 圧力鍋で煮込むこと20分。ピーピーと完了の音がしたので様子を見る。まだ圧力が落ちた様子がないのでもう少し。

 そうして、圧力が抜けた後に開けると、ふっくらと炊きあがったきれいな大豆がお目見えした。

「おお! 大豆を自分で煮るなんて初めて」
「いつもなにっこのおまめさんやもんねぇ」

 一粒とって、親指と小指で潰すように指示されたので、ぎゅうと潰す。簡単に潰れた。

「あぁ、いいんじゃないかな。ちょうどいいかたさ」

 なるほど、こうして火が通っているかを確認するのか。

「煮汁は捨てないように!」
「え、そうなん? 危ない。うっかり捨てるとこやったわ」
「その煮汁は後から大切になりまーっす」

 熱い内にフードプロセッサーへと移す。そこで一気に、と言いたいところだけれど、全部は入らないので少しずつかけていく。

「少しだけ、煮汁を加えて。混ざりが悪くなったら、また煮汁を加えて」
「これは普通のお湯やあかんの」
「それだと腐ってしまうらしいよ。システムはよくわからんけど、先人の知恵」

 なるほど。先人の知恵は大切だ。
 全ての大豆を細かく砕いたところで、別の器で麹と塩を混ぜる。これを塩切り麹と言うらしい。竜也くんが教えてくれた、とまたしてもドヤ顔で言われてしまった。いちいちドヤ顔はしなくて良いんだけど。

 塩切り麹を作っている間に、大豆の粗熱が取れるのだそうだ。あまり大豆が熱いと、麹菌が死滅してしまうとか。なかなか繊細な作業なのね。
 大豆を手に乗せても熱くない程になったら、塩切り麹と混ぜ合わせる。

「耳たぶくらいのかたさになってる?」

 有里氏の発言に、春香が私の耳たぶを触る。

「春香? なんで私の耳たぶで確認したの。しかも混ぜてるの私だからね。春香が確認しても意味はないんじゃないの?」
「灯の手が塞がっとるから、代わりに、と思ってな」
「なるほどーっ……ってならないでしょっ」
「君ら漫才コンビみたいだよねぇ。灯氏、耳たぶじゃなかったら、小指がすっと入るくらいでもオッケー」
「有里氏、それを先に」

 混ぜ合わせて味噌状になったものを、今度は手で団子状にしていく。泥遊びのようで楽しい。これをしっかりと消毒した琺瑯の器にボスボスと投げ入れながら、詰めていく。

「うちに琺瑯の器なんてあったんや」
「ほら、前に春香のお母さんが」
「ん? ああ! なんやセールやったからって、送ってきたんやったな」

 あれは謎だった。春香のお母さんは、キッチングッズが大好きらしく、お気に入りの琺瑯のお店でセールをしていたからと言って、何故か東京に住む娘の分まで買って送ってきてくれた。送料考えたら、そんなにお得じゃない気もしなくはないけど……。まあいっか。

「しっかりと詰め合わせてね。団子状にするのも、空気を抜いて詰めるためらしいからねっ!」

 勢いよく琺瑯の器に投げ入れていくのはなかなかに楽しい。ドンッペッ。ドンッペッ。と琺瑯の器にぶち込んでいく。

「私にもやらせてぇや」
「さっき私の耳に触ったから、手を洗ってからね」

 キッチンで手を洗い、春香も参戦する。

「これで全部やんな。有里さん、全部いれた!」
「一番上に、塩をたっぷりまぶしたら、ラップ」

 言われたとおりに塩をまぶす。密閉のためにラップをしっかりと塩に密着させて、その上に布巾をのせた。そこに重しとして袋にいれた石を置いていく。琺瑯の蓋をかけて終了だ。

「これで暑い夏を越したら、完成。うちのと交換ことかもしよう」
「気の長い話だねぇ。でもそれ楽しみ」

 有里氏と春香と私。三人揃ってにっこり。

「味噌は二月に仕込むものらしくて、それを寒仕込み、っていうんだって」

 竜也くん曰く、寒い時期に仕込む方が、ゆっくりと発酵して味に深みが出るらしい。昔からの習慣には意味があるということか。
 にゃぁ。
 一区切り付いたところで、猫たちからの催促の声が聞こえてくる。

「なんや、遊んで欲しいんか」
「リリは甘えたさんだからねぇ」
「ん? 一匹足りないのでは。灯氏、春ちゃん、ミヤちゃんは」
「その辺で寝てるんじゃない?」

 私の返事に、有里氏がぐるりと周りを見ていると、棚の上からミヤが飛び出してきた。
「うわっ」

 飛んできたミヤを有里氏の顔面が受け止め、そのまま後ろへどすり。

「ミ、ミヤちゃん……どいて……」

 ぶにゃぁ。
 顔の上でご丁寧にも身震いをしてから、ミヤは再び棚の上に飛び乗っていった。

「……ついでに猫吸いでもすればよかったのかもしれない……」

 後悔をするようにぼそりと呟いた有里氏の声が、妙に部屋に響いていた。