「……すごい」
「せやろ」
「とても美しいし、きれいで……。ねえ、男なんて、いる?」

 あ。
 これは完璧にハマったな。ちらりと横目で春香を見れば、満面の笑みで両手を広げた。

「ようこそ、宝塚へ」

 春香のその言葉に、ハツセは手帳を出していろいろと質問を始める。

「この作品は」「何組?」「チケットは」「ケーブルテレビはうち入ってるけど、番組見れるの?」

 ものすごい勢いで質問しては、メモを更新していっていた。

「考えたら、別に私どうしても子ども欲しいわけじゃないし、無理して結婚相手を見つけるよりも、今の仕事頑張って生活を楽しんだ方が良いのかもしれない」

 立ち上がり、強く拳を握っている。
 え、良いの? なんか一年頑張るとか言ってなかったっけ。でも──

「聞いてる限り、なかなか良さそうなご縁もないしねぇ。子どもがどうしても欲しいなら、続けなよって言うけど、そうじゃないなら、結婚自体は何歳だってできるんだよね」
「ですよね! 灯さんもそう思います? 私、別に一人で行動するのも平気だし、何なら毎週の休みを恋人の為に空けるとか無理かもしれないし」
「……どう考えても、ハツセは恋愛体質じゃないしね」
「私の人生、男が必要な時がきたら、また考えることにします。よし、帰ったら結婚相談所退会して、その会費分で宝塚の公演いくつか観に行こっと」

 普段別のオタクをやっていると、ジャンルが変わっても行動が素早いのかもしれない。

「まぁ、ハツセのこの先の人生のことだし、一晩は寝かせてから退会手続きにしなね」

 だって勢いは大事だけど、勢いだけで退会したら

「もう一度やりたくなって、入会金また払うのもったいないから」
「それはそう」

春香も、同意した。
 大興奮のハツセに、春香が何枚かのDVDを貸し出ししていた。きっと今夜は寝ずに観るのだろう。彼女の決断、一晩寝かせても意味がないかもしれない。

「夕飯まで、うちで食べていく? と言っても、たいしたものないから素麺とかになるけど」
「良いですか? 私今日このまま帰ったら、何も食べないでDVD(円盤)見続けそうで」

 あまりにも容易に想像できてしまい、春香と顔を見合わせて笑った。

「冷蔵庫に、うなぎの残りがあるやろう」

 そういえば、うなぎが安くなっていたからと買った気がする。それを食べて……確かに少しだけ残っていた。

「今日は私が作るわ。うざくでええかな」
「うざく?」
「わぁ、懐かしい!」

 私とハツセの声が重なる。どうやらハツセには懐かしいものらしいが、私は初めて聞く料理名だ。

「あれ。灯って、うざく食べたことない?」
「そういえば、こっちであんまり見かけないですね」
「それやったら、楽しみにしといて」

 どんな調理か気になったので、カウンターから中をのぞき込む。
 わずかに残るうなぎを細かく切っていく。おもったより小さめだ。中途半端に残ったキュウリを塩でみがいた後薄切りにして、さらに塩をふりかける。

「春香って、下拵えをちゃんとするよね」
「仕事の大部分は、下拵えで決まるんだな、ってここ数年気付いたんや」

 そう言えば、春香はプロットに時間をものすごく割く。そういうことなのか。
 酢と砂糖を合わせたものを火にかける。

「少し冷ましておいて、そのあいだに素麺を……。あ、梅干しプリーズ」
「おっけ」

 塩でしんなりしたキュウリを洗った後、煮立てた酢を少しかけて洗う。酢洗いだ。

「前に出汁で洗うやつやったけど、それみたいなもんやな」

 隣で一緒に見ているハツセが首を傾げたので、解説が入った。

「水っぽくならなくて良いんだって」
「料理って奥深いー」

 たいして思ってなさそうな軽さで、大変よろしい。
 絞ったキュウリに少しの合わせ酢をかけたあとに、うなぎを混ぜる。皿に盛り付けて残りの酢をかけ、白ごまをふりかけていく。ほんの数センチ余っていたうなぎが、随分なご馳走になった。

「なんで素麺茹でてる鍋に、梅干しを? 味付け?」

 熱湯に素麺と一緒に、梅干しを放り込んだ春香の行動が不思議だったらしい。

「こうすると、吹きこぼれへんの。理由はなんか聞いたけど、忘れた」

 素麺はあっという間に茹で上がる。水でしっかりと洗った後、氷水に入れた。

「今日は素麺も、関西風だねぇ」

 皿を受け取った私は、テーブルに置きながらそう言う。素麺を見たハツセは、少しだけ懐かしそうな表情を浮かべた。

「高校の頃、ハルちゃんの家にいって、お昼ごちそうになったときにびっくりしたなぁ」
「素麺?」
「そう。『なんで氷水に入ってんの?』って」

 私も春香と初めての夏を迎えた──語弊がある──ときには驚いた。

「西と東で、素麺の処理が違うなんて、SNSやインターネットのないあの時代、知りようもなかったもんなぁ」

 東では水を切って皿に盛る。西では氷水に浮かべる。どちらも美味しい。
 私たちは、くたくたと笑いながら、素麺をちゅるりとすすった。